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2021年6月14日 (月) 13:48時点における版

ハッブル・ディープ・フィールド。

ハッブル・ディープ・フィールド英語: Hubble Deep FieldHDF)とは、ハッブル宇宙望遠鏡による一連の観測結果に基づいた、おおぐま座の非常に狭い領域の画像である。ハッブル深宇宙などとも呼ばれる。画像の大きさは差し渡し144角であり、これは100メートル先に置いたテニスボールの大きさと同じである。この画像は、1995年12月18日から12月28日まで10日間続けて、ハッブル宇宙望遠鏡の広視野惑星カメラ2(Wide Field and Planetary Camera 2、WFPC2)で撮影された342枚の画像を組み合わせて得られたものである。

撮影された領域は非常に狭く、また画像内には銀河系の星は、ほとんど写っていない。画像内に写っている約3000の天体のほとんど全てが銀河であり、その中にはこれまで知られている中で最も若く遠いものも含まれている。このように非常に多数の若い銀河の姿を明らかにしたために、HDFは初期宇宙を研究する宇宙論において画期的な画像となり、画像が作られて以来400近い論文の基となっている。

HDFの観測から3年後には、似たような方法で南天の一領域の画像が作られ、ハッブル・ディープ・フィールド・サウス英語版(Hubble Deep Field South、HDF-S)と名付けられた。この2つの領域が似通っていたことから、宇宙は大きな規模で見ると均一であり、地球は宇宙の中で典型的な位置にあるという説(宇宙原理)がさらに強固なものとなった。2004年には、より詳細なハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド(Hubble Ultra Deep Field、HUDF)が、合計11日間の観測から作られた。HUDFは2004年時点で可視光の波長域で撮影されたものとしては最も暗い天体まで写っている天体写真である。2012年にはハッブル・エクストリーム・ディープ・フィールドが公表された。

構想

光学系を修正したことでハッブル宇宙望遠鏡の性能は劇的に改善し、遠方の銀河の非常に詳細な画像を撮影できるという希望が生まれた。

ハッブル宇宙望遠鏡を設計した天文学者たちの主な目的の一つは、地上からでは不可能なほどの高い分解能を生かして、遠方の銀河の研究をすることであった。ハッブル宇宙望遠鏡は大気圏より上に位置しているため、地球の大気の影響を受けずに済み、大気の揺らぎや大気光の影響を受ける地上の望遠鏡よりも高感度の可視光や紫外線の写真を撮影することができる(補償光学による適切な補正がなされている場合は、地上の望遠鏡では口径10mほどのものがハッブル宇宙望遠鏡と同じ程度の性能になる)。望遠鏡が1990年に打ち上げられた直後は、主鏡が製造ミスにより歪んでしまっていたために予定していた性能の5%しかなかったが、それでもそれまで撮影できたものよりも遠くの銀河の画像を得るのに使うことができた。非常に遠方の銀河からの光が地球に届くまでには数十億年かかるため、我々はその銀河の数十億年前の姿を見ているということになる。従って、より遠くの銀河へと研究の範囲を広げていけば、銀河の進化についての理解が深まることになる。

1993年にはスペースシャトルのミッションSTS-61によって鏡の歪みを補正する光学機器を入れたことにより、望遠鏡の優秀な撮影性能がより遠く暗い銀河を研究するのに使われるようになった。他の観測装置が予定されている観測に使われている間には、任意の領域の画像を撮影するためミディアム・ディープ・サーベイ(Medium Deep Survey、MDS)がWFPC2を使っていた。同時に、他の専用のプログラムが既に地上の望遠鏡で知られていた銀河の撮影に使われていた。これらの研究の全てが、現在存在する、あるいは数十億年前に存在した銀河の間にある大きな性質の違いを明らかにしていった。

ハッブル宇宙望遠鏡の観測時間の最大10%までは所長の自由裁量時間(Director's Discretionary、DD)と呼ばれ、通常は超新星のような予測不可能で長続きしない現象を研究したいと思っている天文学者に割り当てられている。ひとたびハッブル宇宙望遠鏡の修正された光学系が上手く働いていることが分かると、当時宇宙望遠鏡科学研究所の所長だったロバート・ウィリアムズは、1995年中、自分のDDのかなりの割合を遠方の銀河の研究に充てることを決めた。ある特別な研究助言委員会は、銀緯が高い「典型的な」空の一区域を、いくつかのフィルターを使って撮影するのに広視野惑星カメラ2を使うべきだと助言した。この計画を練り上げ実行するために作業部会が設置された。

目標領域の選定

HDFはこの差し渡し1の画像の中央にある線で囲まれた部分である。この区域には特に目立つ特徴はないことが分かる。

観測対象として選ぶ領域はいくつかの基準を満たしている必要があった。まず、我々の銀河系の円盤面上にあるや暗い物質により遠方の銀河の観測が妨げられるため、目標とする領域は銀河系面から遠い、銀緯の高いところでなければならない。目標とする領域は、深宇宙にある天体の様々な波長での研究を容易にするため、既知の明るい可視光源(手前にある恒星など)や、赤外線紫外線X線の放射を避ける必要があった。また、冷たい水素ガスの雲(HI領域)の中にある暖かい塵の雲からのものと考えられている、巻雲状の背景赤外線放射が弱い領域である必要もあった。

これらの条件から、目標領域として選択できる範囲はかなり絞られる。さらに、目標領域は、ハッブル宇宙望遠鏡の軌道上で地球掩蔽されない「継続観測領域」(continuous viewing zones、CVZs)の中にあるべきだと決められた。作業部会は、ケック望遠鏡超大型干渉電波望遠鏡群(VLA)といった北半球にある望遠鏡が追跡調査観測ができるように、北半球のCVZに絞ることを決めた。

これらの条件を全て満たす20の領域がまず確認され、その中でも最適な領域の候補が3つ選ばれた。それらは全ておおぐま座にあった。電波によるスナップ写真観測から、これらの領域のうちまず1つが電波の放射源を含むとして除外された。残った最後の2つの領域のどちらにするかの決定は、視野の近くに恒星の追尾に使える星があるかということを元にして行われた。ハッブル宇宙望遠鏡は通常、露出中に望遠鏡の高精度ガイドセンサーが固定追尾できる近接した恒星のペアを必要とするが、HDF観測の重要性を考えると、2組目の予備のガイド星が必要だった。最終的に選ばれた領域は、赤経12h36m49.4s、赤緯+62°12′48″に位置している[2]

観測

この図に示すように、HDFはハッブル宇宙望遠鏡の北半球継続観測領域に位置している。

観測する領域が決まったので、次は観測方法を開発する必要があった。重要な選択として、観測に使うべきフィルターの決定があった。WFPC2は48種類のフィルターを備えており、天体物理学的に興味深い特定のスペクトル線を分離するナローバンドフィルターや、恒星や銀河の色を研究するのに有用なブロードバンドフィルターが含まれている。HDFに使うことができるフィルターの選択は、それぞれのフィルターのスループット、すなわち、透過できる光全体の割合と、受信できるスペクトルの範囲に基づいて決められた。できるだけ重なる帯域を持つフィルターが望ましいとされた。

最終的に、波長の中心が300nm(近紫外線)、450nm(青色)、606nm(赤色)、814nm(近赤外線)の4種類のブロードバンドフィルタが選ばれた。ハッブル宇宙望遠鏡の探査装置の量子効率が300nmにおいては非常に低かったため、この波長での観測時のノイズは、宇宙の背景からのものではなくCCDからのものが大部分になった。従って、この観測は、背景ノイズの多さにより他の帯域での観測の有効性に差し支えがでたときに行われることになった。

選ばれたフィルターでの対象領域の画像は連続10日に渡って撮影され、その間にハッブル宇宙望遠鏡は地球の周りを約150回公転した。それぞれの波長の総露出時間は300nmで42.7時間、450nmで33.5時間、606nmで30.3時間、814nmで34.3時間であった。宇宙線がCCD検出器にあたると明るい線が現れるため、それによる重大な影響からそれぞれの画像を守るために画像は342枚の別々のコマに分けて撮影された。

データ処理

HDFの差し渡し14角の一部分。最終的な画像を得るために4つの波長の画像が合成されている。それぞれの画像の波長は、300nm(左上)、450nm(右上)、606nm(左下)、814nm(右下)である。

それぞれの波長で最終的な結合した画像を作るのは複雑な処理であった。露出中に宇宙線が衝突して生じた明るいピクセルは、同じ露出時間で撮影した別の画像と比較し、宇宙線の影響で生じたピクセルかそうでないかを確認して取り除かれた。元々の画像にはスペースデブリ人工衛星の軌跡も存在するが、これらも注意深く取り除かれている。

地球からの反射光が全体の4分の1のコマに明らかに存在する。これは反射光に影響された画像を撮影し、影響されていない画像と並べて、影響されている画像から影響されていない画像を引くという方法で除去されている。結果として得られた画像はなめらかであり、それから明るいコマから減じられることもあった。この手順により、反射光に影響された画像から反射光をほぼ全て取り除くことができた。

342枚の画像それぞれから宇宙線や反射光の影響が取り除かれたので、次に結合しなければならない。科学者たちは、1対のコマの間で望遠鏡の向きを絶えず変える「drizzling」と呼ばれる技法を開発したHDFの観測に参加していた。WFPC2のCCDチップのそれぞれのピクセルには、直径0.09の範囲が記録されるが、コマの間で望遠鏡の向きが少し変わることにより、結果として得られた画像は複雑な画像処理技術を用いて結合され、最終的な角分解能はこの値より良くなる。HDFの画像では、それぞれの波長で最終的なピクセルの大きさは0.03985秒角になっている。

データ処理により、それぞれの波長につき1枚、合計4枚のモノクロ画像が得られる。これらの画像から、それぞれを赤、緑、青に割り当てて1枚のフルカラー画像として合成し一般に合成するのは任意の処理であった。この画像が撮影された波長は赤、緑、青とは一致していなかったため、最終的な画像の色はあくまでも画像に写っている銀河の実際の色の近似表現に過ぎない。HDF(及び大部分のハッブル宇宙望遠鏡の画像)では、フィルターの選択は人間の目が実際に感知する色に一致する色になるようにではなく、観測の科学的有用性を最大にすることを第一として選ばれている。

ディープ・フィールドの内容

最終的な画像から、遠くかすかな銀河について非常に多くのことが明らかになった。この画像の中に約3000個の銀河を識別することができ、不規則銀河渦巻銀河の両方がはっきり認められるが、視野の中には差し渡し数ピクセルしかない銀河もある。HDFには手前の銀河系内の恒星が全部で10個未満含まれていると考えられているが、それ以外の視野内の圧倒的多数の天体は遠方の銀河である。

HDFにはおよそ50個の青い点状の天体が写っている。多くはすぐ近くにある、鎖状や弧状の銀河と関係があると考えられている。これらは活発な星形成領域だろう。その他は遠方のクエーサーである可能性がある。天文学者たちは当初これらの点状の天体の一部が白色矮星である可能性を除外したが、それは当時一般的だった白色矮星の進化理論と矛盾するほど青いからだった。しかし、より最近の研究から、白色矮星には年を取ると青くなるものも多いことが発見され、HDFに白色矮星が含まれている可能性があるという考えにも根拠が生まれている[1]

科学的成果

HDFの詳細画像から、遠方の宇宙にある銀河の形、大きさ、色が多様性に富んでいることが分かる。

HDFは宇宙学者たちに極めて豊富な分析材料を提供し、2005年までに、天文学に関する文献にHDFに基づいた400近い論文が発表されている。最も基礎的な発見は、大きな赤方偏移の値を持っている銀河が多く見つかったことである。

宇宙が膨張するのにともなって、より遠くにある天体は地球からより速く遠ざかる。これはハッブルの法則と呼ばれており、それに基づいた銀河の後退はハッブル流と名付けられている。非常に遠い銀河からの光はドップラー効果の影響を著しく受け、我々が遠方の銀河から受ける光は元々の光より赤くなる。非常に高い赤方偏移の値を持つクエーサーは知られていたが、1より大きい赤方偏移の値(波長が元の2倍になる)を持つ銀河は、HDFの画像が得られるまでは非常に少数しか知られていなかった。しかし、HDFには、赤方偏移の値が6(波長が元の7倍になる)にも達する銀河が多数含まれており、これは120億光年の距離に相当する[3]。(赤方偏移のため、HDFの中で最も遠い天体は実際にはこのハッブル宇宙望遠鏡の写真では見えない。それらは地上の望遠鏡によってより長い波長で撮影された画像からHDFの画像の中に発見されたものである。)

HDFの銀河には、我々の銀河系の近くの宇宙に比べて、他の銀河の影響を受けた銀河や不規則銀河が明らかに高い割合で含まれている。若い宇宙は現在よりかなり小さかったため、銀河の衝突と合体はより頻繁に起こっていた。渦巻銀河と不規則銀河が衝突すると、巨大な楕円銀河が形成されると考えられている。

異なる進化段階にある銀河が豊富にあるため、宇宙の生涯にわたっての星形成の割合がどう変動するかを推定することが可能になっている。HDFに写っている銀河の赤方偏移の値の推定はまだ不完全であるが、星形成の割合が最大になったのは80億年前から100億年前であり、それ以来割合はおよそ10分の1に減少したと天文学者たちは考えている[2]

HDFから得られたその他の重要な成果としては、手前の星が極めて少数しか存在しなかったことがある。天文学者たちは長年にわたって、見つけられないが観測によると宇宙の質量の90%を占めていると推測されるいわゆる暗黒物質と呼ばれるものに困惑してきた。ある理論では、暗黒物質には銀河の外部にある赤色矮星惑星などの、暗いが質量の大きいMACHOと呼ばれる天体が含まれていると考えられていた。しかし、HDFにより、我々の銀河の外側の部分にはそれほど多数の赤色矮星が存在するわけではないということが分かった。

後続の観測

ハッブル・ディープ・フィールド・サウスは元々のHDFと非常によく似て見える。このことは宇宙原理を実証している。
ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールドはこれをさらに強化したものである。およそ100個の最も小さく赤い銀河のには、今まで光学望遠鏡で撮影された中で最も遠方の銀河も含まれている。

HDFは観測宇宙論における画期的な業績であり、未だにそこから学ぶべきことは多い。1995年以来、この領域はさらに他の宇宙望遠鏡で電波からX線にかけての波長で観測されただけでなく、多くの地上の望遠鏡でも観測されている。

非常に高い赤方偏移の値を持った天体が、地上の望遠鏡、特にジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡によってHDFから発見されてきた。これらの天体が高い赤方偏移の値を持っているということは、可視光では見ることができず、一般的には代わりにHDFの赤外線サブミリ波の波長域のサーベイで発見されるということを意味している。

宇宙からの重要な観測には、チャンドラX線天文台赤外線宇宙天文台(ISO)によるものが含まれている。X線の観測からHDFに6つのX線発生源が確認され、これらは3つの楕円銀河に相当することが分かった。1つは渦巻銀河、1つは活動銀河核であり、1つは極めて赤い天体で、青い光を吸収するを大量に含む遠方の銀河だと考えられている[3]

ISOの観測で、可視光の画像で見ることができる13の銀河からの赤外線放射が見つかり、活発な星形成と関連した大量の塵に起因すると考えられている。VLAを用いて得られた地上からの電波画像では、HDFに7つの電波源があることが明らかになり、これらは全て可視光の画像で見える銀河と合致した。

1998年には、ハッブル・ディープ・フィールド・サウス(HDF-S)と呼ばれる、HDFと同等の画像が南天で作られた。同じような観測方法を用いて作られたため、HDF-Sは元々のHDFと一見して極めて似たものとなっている。これは宇宙が大きな規模では均質であるという宇宙原理を支持する結果である。

2012年に、エクストリーム・ディープ・フィールド(XDF)と呼ばれる画像が公開された。この画像は、ろ座の一角を紫外線、可視光、近赤外線を10年以上にわたって撮影した物を合成したもので、総露光時間200万秒(約23日)にも及ぶ。この画像には、渦巻銀河から、銀河衝突の残骸でもう新しい恒星を生むことのない赤色の巨大銀河まで、約5500個の銀河が写っている。[4]

脚注

  1. ^ Hansen BMS (1998), Observational signatures of old white dwarfs, 19th Texas Symposium on Relativistic Astrophysics and Cosmology, J Paul, T Montmerle, and E Aubourg (eds)
  2. ^ Connolly AJ et al. (1997),. The evolution of the global star formation history as measured from the Hubble Deep Field, Astrophysical Journal Letters, 486:L11
  3. ^ Hornschemeier A et al.. (2000), X-Ray sources in the Hubble Deep Field detected by Chandra, Astrophysical Journal, 541:49–53
  4. ^ Hubble Goes to the eXtreme to Assemble Farthest-Ever View of the Universe[1]

参考文献

  • Williams RE et al. (1996), The Hubble Deep Field: Observations, data reduction, and galaxy photometry, Astronomical Journal, 112:1335
  • Ferguson HC (2000), The Hubble Deep Fields, Astronomical Data Analysis Software and Systems IX, ASP Conference Proceedings, Vol. 216, N Manset, C Veillet, and D Crabtree (eds). Astronomical Society of the Pacific, ISBN 1-58381-047-1, p.395

関連項目

外部リンク