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「海外ドラマ」の版間の差分

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===1970年代 - 1980年代===
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[[1970年代]]は『[[チャーリーズ・エンジェル]]』、『[[刑事コロンボ]]』、『[[大草原の小さな家]]』、『[[ルーツ (テレビドラマ)|ルーツ]]』などが一世を風靡した。[[1980年代]]には『[[アーノルド坊やは人気者]]』、『[[ナイトライダー]]』、『[[特攻野郎Aチーム]]』、『[[将軍 SHOGUN]]』などが好評を博した。また、ビデオが一般家庭に登場し80年代終盤にレンタルという方法があらわれ、『[[V (1983年のテレビドラマ)|V]]』などがビデオレンタルによって人気を博した。
[[1970年代]]は『[[チャーリーズ・エンジェル]]』、『[[刑事コロンボ]]』、『[[大草原の小さな家]]』、『[[ルーツ (テレビドラマ)|ルーツ]]』などが一世を風靡した。[[1980年代]]には『[[アーノルド坊やは人気者]]』、『[[ナイトライダー]]』、『[[特攻野郎Aチーム]]』、『[[将軍 SHŌGUN]]』などが好評を博した。また、ビデオが一般家庭に登場し80年代終盤にレンタルという方法があらわれ、『[[V (1983年のテレビドラマ)|V]]』などがビデオレンタルによって人気を博した。


この時期は日本の放送業界も基盤を固め、他国から番組を購入しなくてもよいほどに成長した。そのため以前と比べて放送時間全体の中での海外ドラマの占める比率が大幅に下がり、地上波に限っていえばそのまま右肩下がりに推移して現在に至る。また、当時はビデオレンタル以外の映像媒体が存在しないもしくは普及途上であったため、地上波での放送が激減したことにより海外ドラマを見ること自体が非常に困難となり、海外ドラマにとっては冬の時代であった<ref>[http://www.superdramatv.com/alacarte/column/special/2008.html Vol.38 「特攻野郎Aチーム完全版」で再確認したいアクション・プラス・ユーモアのバランス!]海外ドラマスペシャルコラム 2008/05/20</ref>。
この時期は日本の放送業界も基盤を固め、他国から番組を購入しなくてもよいほどに成長した。そのため以前と比べて放送時間全体の中での海外ドラマの占める比率が大幅に下がり、地上波に限っていえばそのまま右肩下がりに推移して現在に至る。また、当時はビデオレンタル以外の映像媒体が存在しないもしくは普及途上であったため、地上波での放送が激減したことにより海外ドラマを見ること自体が非常に困難となり、海外ドラマにとっては冬の時代であった<ref>[http://www.superdramatv.com/alacarte/column/special/2008.html Vol.38 「特攻野郎Aチーム完全版」で再確認したいアクション・プラス・ユーモアのバランス!]海外ドラマスペシャルコラム 2008/05/20</ref>。

2021年7月11日 (日) 00:59時点における版

海外ドラマ(かいがいドラマ)は、日本において、日本以外で製作されたテレビドラマラジオドラマを指す言葉である。

現在はビデオグラムレンタルセルビデオ)のほか、作品によっては地上テレビ放送衛星放送ケーブルテレビビデオ・オン・デマンドネット配信で視聴することができる。

ハリウッドでは米国内時差の関係でテレビ最初期からフィルムによるドラマ撮影が主流であったためフィルムへのこだわりが強く、現在でもデジタル撮影の際にフィルム相当の画質で撮影され放送されている。昔のハリウッド製ドラマの多くがよい状態で保存されているのはほとんどがフィルムによって撮影されていたためでもある。

世界各国のテレビドラマのリストについては、テレビドラマの一覧を参照。

歴史

1950年代 - 1960年代

この頃の日本の放送業界はまだコンテンツが非常に少なく、加えて劇映画をテレビに提供しないことを取り決めた大手映画会社による六社協定(五社協定)の影響からアメリカで製作されたテレビドラマを大量に輸入しており[1]、当時は「外国テレビ映画」と呼ばれていた海外のドラマ作品が数多く放送されている。日本における海外ドラマの全盛時代であり視聴率も高く、当時の娯楽の中心であった。

主な作品

ジャンルも上記のように多岐に及ぶ。この中でも『宇宙大作戦』はその後、原題の『スタートレック』と改題して現在まで続いている人気シリーズである。

1970年代 - 1980年代

1970年代は『チャーリーズ・エンジェル』、『刑事コロンボ』、『大草原の小さな家』、『ルーツ』などが一世を風靡した。1980年代には『アーノルド坊やは人気者』、『ナイトライダー』、『特攻野郎Aチーム』、『将軍 SHŌGUN』などが好評を博した。また、ビデオが一般家庭に登場し80年代終盤にレンタルという方法があらわれ、『V』などがビデオレンタルによって人気を博した。

この時期は日本の放送業界も基盤を固め、他国から番組を購入しなくてもよいほどに成長した。そのため以前と比べて放送時間全体の中での海外ドラマの占める比率が大幅に下がり、地上波に限っていえばそのまま右肩下がりに推移して現在に至る。また、当時はビデオレンタル以外の映像媒体が存在しないもしくは普及途上であったため、地上波での放送が激減したことにより海外ドラマを見ること自体が非常に困難となり、海外ドラマにとっては冬の時代であった[2]

1990年代 - 2000年代

1990年代以降は衛星放送(BS放送およびCS放送)やケーブルテレビの普及により、地上波において閉塞していた海外ドラマの可能性を大きく広げた。これ以降海外ドラマは衛星放送とビデオレンタルの両輪によって普及することになる。NHK-BS2WOWOWでは、『ビバリーヒルズ青春白書』、『ER緊急救命室』、『フレンズ』、『ツイン・ピークス』など、80年代とは比較にならないほど多くの作品が放送された。また、地上波ではNHK教育テレビ(Eテレ)で放送された『フルハウス』や『アルフ』など家族向けのシットコムが好評を博した。他にも『Xファイル』のようなビデオから人気に火がつく作品もあった。

2000年代DVDの普及によってビデオパッケージがVHSから急激に移行。『24 -TWENTY FOUR-』が大ブームとなり、次回の話が気になるファンがレンタルビデオ店の前に行列を作るという現象まで発生した。『24 -TWENTY FOUR-』、『LOST』、『プリズン・ブレイク』は当時の3大海外ドラマと呼ばれている[3]。また『セックス・アンド・ザ・シティ』、『HEROES』なども好評を博した。また、ドラマの人気に伴い「海外ドラマのモノマネ」[4]というネタも披露するお笑い芸人も現れた(なだぎ武どきどきキャンプ等)。

また、2004年に『冬のソナタ』が大ブームとなり、東アジア圏のドラマ、特に韓国のテレビドラマ(いわゆる韓国ドラマ・韓流ドラマ)や台湾のテレビドラマ(台湾のドラマ・華流ドラマ)作品の輸入が増えることとなった。これらは衛星放送や地方局、レンタルDVDにおいては主要なコンテンツとして定着しているが、反韓感情の激化などから一般の幅広い層には定着せず、2010年代以降は地上波、特に大都市圏の広域局においてはほぼ消滅している。

2010年代

近年ではNetflixHulu等の ネット配信ビデオ・オン・デマンド)でテレビに限らずパソコン、タブレットスマートフォン等の様々な端末で視聴できるようになり、海外ドラマの視聴環境は多様化している。その反動として、地上波での海外ドラマの放送は深夜のローカル枠で数える程度となった。

一方で、各メディアのHD化によりSDで製作された過去の作品の放送が激減している。これはモノクロからカラーになった際も見られた現象であるが、過去のSD作品をHDリマスター化して放送する事例も多い。このため、今後はオリジナル状態のSD作品を目にする機会は著しく減っていくものと思われる。

また、海外ドラマの制作環境自体にも変化が起こる。これまでは主に地上波のテレビ局で制作されていたが、HBOAMCなどケーブルテレビ局による制作が盛んになった。潤沢な予算と放送規制にとらわれない自由さが制作陣に歓迎され、著名な映画監督や俳優が次々と海外ドラマ制作に参加。より芸術性の高い作品が生まれた。代表的な作品は『ウォーキング・デッド』『ブレイキング・バッド』『ゲーム・オブ・スローンズ』『ハウス・オブ・カード 野望の階段』など。

脚注

  1. ^ 森川友義・辻谷耕史 「声優のプロ誕生-海外テレビドラマと声優」『メディア史研究』第14号、ゆまに書房、2003年、pp.115-139。
  2. ^ Vol.38 「特攻野郎Aチーム完全版」で再確認したいアクション・プラス・ユーモアのバランス!海外ドラマスペシャルコラム 2008/05/20
  3. ^ 『24』、『LOST』、『HEROES』 —3大海外ドラマ、最後の視聴率で勝ったのはどれ?HotTrash.com 映画ニュース 2011年1月6日
  4. ^ 正確にはドラマそのものではなく、日本語吹き替えのモノマネである。

関連項目

外部リンク