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2国間の航空協定によりすでに[[関西国際空港]]や[[東京国際空港]]の乗り入れは可能で、ボーイング767-300ERや777-200ERなどでの[[チャーター便]]での乗り入れも行われている。2015年には[[成田国際空港]]への乗り入れも可能となったが、その後具体的な乗り入れの検討は行われていなかった<ref>747-400F貨物機は成田国際空港や[[中部国際空港]]へ乗り入れを行ったことがある</ref>。しかし2018年に両国政府が2019年の成田-テルアビブ間のチャーター便就航に向けて協議を進めていることを改めて明らかにしており、将来の定期便就航の可能性も示唆している<ref>[https://www.sankei.com/world/news/181113/wor1811130025-n1.html 成田-テルアビブ便就航へ 両政府、定期便も視野] - 産経新聞 2018年11月13日</ref>。2019年9月14日、エル・アル航空の子会社、サンドール国際航空による初のチャーター便が運航され、2020年3月11日から、エル・アル航空が成田-テルアビブ便を週3便、機材は787-9(3クラス282席:ビジネス32席、プレミアムエコノミー28席、エコノミー222席)で開設する予定であったが<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45445090Q9A530C1000000/ イスラエルへ初の直行便 成田―テルアビブ、来春就航] - 日本経済新聞 2019年5月30日</ref>、[[新型コロナウイルス感染症の流行 (2019年-)|新型コロナウィルスの感染拡大]]に伴い2020年4月4日に延期され、さらに8月29日に再延期された<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56156770Y0A220C2000000/ イスラエル、日本への定期直行便の就航を4月に延期] - 日本経済新聞 2020年2月28日</ref>。イスラエル保健省は2020年2月24日以降、過去14日以内に日本と韓国に滞在歴のある外国人の入国を拒否すると発表していた<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55991470T20C20A2000000/ 日韓からの入国拒否 イスラエル、24日から] - 日本経済新聞 2020年2月23日</ref>。 |
2国間の航空協定によりすでに[[関西国際空港]]や[[東京国際空港]]の乗り入れは可能で、ボーイング767-300ERや777-200ERなどでの[[チャーター便]]での乗り入れも行われている。2015年には[[成田国際空港]]への乗り入れも可能となったが、その後具体的な乗り入れの検討は行われていなかった<ref>747-400F貨物機は成田国際空港や[[中部国際空港]]へ乗り入れを行ったことがある</ref>。しかし2018年に両国政府が2019年の成田-テルアビブ間のチャーター便就航に向けて協議を進めていることを改めて明らかにしており、将来の定期便就航の可能性も示唆している<ref>[https://www.sankei.com/world/news/181113/wor1811130025-n1.html 成田-テルアビブ便就航へ 両政府、定期便も視野] - 産経新聞 2018年11月13日</ref>。2019年9月14日、エル・アル航空の子会社、サンドール国際航空による初のチャーター便が運航され、2020年3月11日から、エル・アル航空が成田-テルアビブ便を週3便、機材は787-9(3クラス282席:ビジネス32席、プレミアムエコノミー28席、エコノミー222席)で開設する予定であったが<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45445090Q9A530C1000000/ イスラエルへ初の直行便 成田―テルアビブ、来春就航] - 日本経済新聞 2019年5月30日</ref>、[[新型コロナウイルス感染症の流行 (2019年-)|新型コロナウィルスの感染拡大]]に伴い2020年4月4日に延期され、さらに8月29日に再延期された<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56156770Y0A220C2000000/ イスラエル、日本への定期直行便の就航を4月に延期] - 日本経済新聞 2020年2月28日</ref>。イスラエル保健省は2020年2月24日以降、過去14日以内に日本と韓国に滞在歴のある外国人の入国を拒否すると発表していた<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55991470T20C20A2000000/ 日韓からの入国拒否 イスラエル、24日から] - 日本経済新聞 2020年2月23日</ref>。 |
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! colspan="4" style="background: #8B8589;" | '''エル・アル航空 就航都市''' |
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2021年8月8日 (日) 12:03時点における版
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法人番号 | 9700150102293 | |||
---|---|---|---|---|
設立 | 1948年 | |||
ハブ空港 | ベン・グリオン国際空港 | |||
焦点空港 |
エイラート空港 オブダ国際空港 | |||
マイレージサービス | Matmid | |||
会員ラウンジ | King David Lounge | |||
航空連合 | 未加盟 | |||
保有機材数 | 43機(4機発注中) | |||
就航地 | 51都市 | |||
本拠地 | イスラエル ロード | |||
代表者 |
アミカム・コーヘン 会長 デヴィッド・マイモン CEO/社長 | |||
外部リンク | http://www.elal.com/ |
エル・アル航空(英語: EL AL Israel Airlines, ヘブライ語: אל על、アラビア語: إل عال)はイスラエルの国営航空会社。エル・アル・イスラエル航空と呼ばれることもある。
概要
独立直後の1948年に、イスラエルのフラッグ・キャリアとして創業。最初のフライトはスイスのジュネーヴ路線であった。その後ヨーロッパ諸国や北アメリカ、アジアやアフリカ諸国への路線を開設した。
テルアビブのベン・グリオン国際空港をハブとしている。イスラエルの国益を守るためにソロモン作戦やモーゼ作戦など、イエメンやエチオピアからのユダヤ人移送にも活躍してきた。国内線はエイラートへの便がある。
2019年現在、航空会社アライアンスには加盟していない。なお複数の航空会社とのコードシェア便も運航している。航空券の座席予約システム(CRS)は、アマデウスITグループが運営するアマデウスを利用している。 [1]
厳重なセキュリティ検査
ユダヤ人国家であるイスラエルが周辺のアラブ系国家と対立していることもあり、さらに過去にハイジャックやテロの目標とされたことから、これを避けるために、搭乗時のセキュリティチェックが厳しく、3-4時間前にはチェックインが必須である。
チェックイン前に、必ず専門係員による質問がある。係員は3人程度の交代で、質問を繰り返し、荷物の経緯や、航空券の取得方法、渡航目的などを尋ね、つじつまが合うかどうか、不審者でないかどうか、その人物がテロリストに利用されている恐れは無いかを見分ける。同時に、搭乗客名簿をシャバックやFBIなどの危険人物リストと照合するという。
係員による質問は一般的に英語またはヘブライ語で行われるが、英語が話せない乗客用に日本語で書かれた質問表も用意されている。乗客の荷物は、搭乗前に別室で一旦開け、一つ一つ金属探知機での検査と火薬反応を調べる。これらのチェックはイスラエル政府や友好国の政府機関の人間も例外なく受けなければならない。さらに爆発物を探し出すために、機内預けの全ての荷物は減圧室を通らねばならず、これは国や空港のいかんを問わず例外なく行われている。
また、全ての国際線の便には過去には2人、現在では最大6人の銃を持ったスカイマーシャルが一般乗客に紛れて搭乗している。エル・アルのパイロットのほとんどがイスラエル空軍の出身である。なおコックピットへのドアは二重となっており、それぞれ暗号コードが合わないと開かない仕組みになっている。二枚目のドアを開けられるのは機長と副操縦士だけである。
2002年にモンバサからエル・アルの航空機が地対空ミサイルで狙われたため、赤外線ホーミングの地対空ミサイルを避けるための装置「フライト・ガード(ミサイル警報・妨害装置)」が全機に装着されている。エル・アルの航空機は特別に強化された床・壁となっており、貨物室は耐爆構造になっていると言われている。
以上のような厳重な検査の結果、1968年以来ハイジャック事件や旅客便の墜落事故は全く起こっておらず、「世界一安全な航空会社」ともいわれている。「旅客便」と断りがあるのは、1992年にアムステルダムでボーイング747貨物機が墜落事故を起こしているためである(エル・アル航空1862便墜落事故)。
保有機材
-
ボーイング737-800
-
ボーイング777-200ER
-
ボーイング787-9
-
ボーイング747-200(退役済み)
-
ボーイング767-200ER(退役済み)
運用機材
2019年11月現在、エル・アル航空の機材は以下の通りである。
機材 | 運用機数 | 発注機数 | 座席数 | 備考 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
F | C | PY | Y | Total | ||||
ボーイング737-800 | 13 | - | - | 16 | - | 138 | 154 | |
- | - | 36 | 144 | 180 | ||||
2 | - | - | - | 185 | 185 | この2機はサンドール国際航空によって運航されている | ||
ボーイング737-900ER | 8 | - | - | 16 | - | 156 | 172 | |
ボーイング777-200ER | 6 | - | 6 | 35 | 34 | 204 | 279 | |
ボーイング787-8 | - | 4 | - | 20 | 35 | 183 | 238 | |
ボーイング787-9 | 12 | - | - | 32 | 28 | 222 | 282 | B747-400の後継機
うち1機は「サンフランシスコ/ラスベガス」特別塗装機 うち1機は設立70周年記念復刻塗装機 うち1機は「Jerusalem of Gold」特別塗装機 |
計 | 43 | 4 |
同社は、イスラエルとアメリカとの深い交流などから殆どアメリカ製の機材でその多くがボーイング社製で固められている。 また、同社が発注したボーイング製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は58で、航空機の型式名は767-358ER、777-258ERなどとなる。
同社では長らくボーイング747が使われていたが、2019年11月3日にローマ発テルアビブ行き1747便をもって運行を終了した。
退役済機材
- ブリストル ブリタニア
- ボーイング707-300C
- ボーイング720B
- ボーイング737-200/-700
- ボーイング757-200
- ボーイング767-200/200ER/300ER
- ボーイング747-100/-100F/-200B/-200C/-200F
- ボーイング747-400
- ダグラスDC-4
- カーチス C-46 コマンドー
- マクドネル・ダグラスMD-11
- ロッキード コンステレーション
就航路線
オーストラリアを除く全ての大陸に乗り入れている。周辺のいくつかの対立するアラブ諸国から領空通過を拒否されているため、これらを避けるように航路がとられている。
イスラエルはいくつかのアラブ諸国と対立しているが、国交のあるエジプトにはフライトがあった(ヨルダンとも国交はあるが、エル・アル機のフライトはない)。イスラエルのフラッグ・キャリアがエジプトに飛ぶことに対する反感も多いことから、この路線(テルアビブ - カイロ線)専用に、機体に国名も社名も書かれていない専用機体を用意し飛ばしていた。2020年8月31日、国交正常化に合意したアラブ首長国連邦との間に初の商用便が運航され、通常は領空通過を拒否しているサウジアラビアも領空通過を初めて許可した[3]。
2国間の航空協定によりすでに関西国際空港や東京国際空港の乗り入れは可能で、ボーイング767-300ERや777-200ERなどでのチャーター便での乗り入れも行われている。2015年には成田国際空港への乗り入れも可能となったが、その後具体的な乗り入れの検討は行われていなかった[4]。しかし2018年に両国政府が2019年の成田-テルアビブ間のチャーター便就航に向けて協議を進めていることを改めて明らかにしており、将来の定期便就航の可能性も示唆している[5]。2019年9月14日、エル・アル航空の子会社、サンドール国際航空による初のチャーター便が運航され、2020年3月11日から、エル・アル航空が成田-テルアビブ便を週3便、機材は787-9(3クラス282席:ビジネス32席、プレミアムエコノミー28席、エコノミー222席)で開設する予定であったが[6]、新型コロナウィルスの感染拡大に伴い2020年4月4日に延期され、さらに8月29日に再延期された[7]。イスラエル保健省は2020年2月24日以降、過去14日以内に日本と韓国に滞在歴のある外国人の入国を拒否すると発表していた[8]。
エピソード
アイヒマン逮捕
ドイツの国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の親衛隊(SS)の中佐で、ナチ政権によるユダヤ人の組織的虐殺の歯車として働き、数百万の人々を強制収容所へ移送するにあたり指揮的役割を執ったアドルフ・アイヒマンを、イスラエル諜報特務庁がアルゼンチン国内で逮捕しイスラエルに移動させる際に、エル・アル航空のブリストル ブリタニア機が利用された。
出国の際にアイヒマンは、エル・アル航空の客室乗務員の制服を着させられた上に薬で寝かされ、「酒に酔って寝込んだ非番の客室乗務員」としてアルゼンチンの出国審査官の目を誤魔化したという。
1フライト輸送最大人数記録
1991年5月に実行された「ソロモン作戦」において、エチオピアからユダヤ人を脱出させる際に使用された航空機のうち、ボーイング747の1機が、全てのギャレーと4箇所のラバトリーを除いて全て撤去した上で760席の座席を設けた特別仕様により使用された[9]。さらに、座席の肘掛を全て跳ね上げることにより、より着席人数を多く確保できるようにしていた[9]。この作戦で実際に搭乗したのは1087人(このうち3人は機内で誕生した新生児)で、これは1フライトで輸送した人数としては最大の人数である[9]。
事故とハイジャック
ハイジャック
- 1968年7月23日、ロンドン発ローマ経由テルアビブ行きの426便がローマを離陸した直後にパレスチナ解放人民戦線(PFLP)のテロリストにハイジャックされた。エル・アルのハイジャックが成功した唯一の事例で、その後、エル・アルの対ハイジャック対策が向上する(エル・アル航空426便ハイジャック事件)。
- 1969年1月、チューリッヒ発テルアビブ行きの707便がPFLPのテロリストにハイジャックされた。しかし、搭乗していたスカイマーシャルが1人を射殺、残りの犯人も逮捕され、世界を驚かせた。
- PFLP旅客機同時ハイジャック事件 - 1970年9月、PFLPが起こした航空機の同時ハイジャック事件。ハイジャックされた5機のうち、1機はテルアビブ発アムステルダム経由ニューヨーク行きの219便であったが、ハイジャックの実行に当たったテロリスト2名の行動が稚拙で事前に一部の乗客や客室乗務員らに察知された上、客室乗務員から通報されたスカイマーシャルが1名を射殺し、残る1名も銃撃戦の末乗客や乗員らによって取り押さえられたことから完全な失敗に終わった。
その他
当時、設立10年に満たなかった、同航空会社の知名度を飛躍的に高めた一因として、1957年に出稿された、一面に映った海面を右側を破き、その余白部に「Starting Dec 23. The Atlantic Ocean Will Be 20% Smaller.(12月23日の到来と共に、大西洋が20%小さくなります)」との広告文案を書き込んだ、ジェット機就航の広告がある。この広告の制作を請け負ったのが、フォルクスワーゲン・ビートルの広告クリエイティヴで、その名を知られることになる、ドイル・デーン・バーンバックである。
事故
出典・脚注
- ^ “Airlines using Amadeus” (英語). アマデウスITグループ. 2015年9月27日閲覧。
- ^ “Meet Our Fleet”. 2019年10月4日閲覧。
- ^ 国交樹立へUAEに代表団 初の旅客直行便―イスラエル・米 - 時事通信 2020年8月31日
- ^ 747-400F貨物機は成田国際空港や中部国際空港へ乗り入れを行ったことがある
- ^ 成田-テルアビブ便就航へ 両政府、定期便も視野 - 産経新聞 2018年11月13日
- ^ イスラエルへ初の直行便 成田―テルアビブ、来春就航 - 日本経済新聞 2019年5月30日
- ^ イスラエル、日本への定期直行便の就航を4月に延期 - 日本経済新聞 2020年2月28日
- ^ 日韓からの入国拒否 イスラエル、24日から - 日本経済新聞 2020年2月23日
- ^ a b c イカロス出版『航空ギネスブック日本語版』p128