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2022年10月6日 (木) 20:51時点における版
長野県大町高等学校 | |
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北緯36度30分11秒 東経137度51分15秒 / 北緯36.503度 東経137.854083度座標: 北緯36度30分11秒 東経137度51分15秒 / 北緯36.503度 東経137.854083度 | |
過去の名称 |
長野県立松本中学校大町分校 長野県立大町中学校 長野県大町中学校 長野県大町南高等学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 長野県 |
学区 | 第4学区 |
設立年月日 |
1901年 (長野県立松本中学校大町分校) |
閉校年月日 | 2016年4月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
課程 | 全日制課程 |
単位制・学年制 | 学年制 |
設置学科 |
普通科 理数科 |
学期 | 2学期制 |
高校コード | 20182A |
所在地 | 〒398-0002 |
長野県大町市大町3691-2 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
長野県大町高等学校(ながのけん おおまちこうとうがっこう)は、かつて長野県大町市にあった公立高校[1]。前身は松本中学大町分校、後の旧制長野県大町中学校。1993年(平成5年)には特色学科である理数科が開設された。2016年(平成28年)4月に長野県大町北高等学校と再編統合され、校舎の一部を利用し、長野県大町岳陽高等学校となった[1]。
沿革
- 1901年(明治34年)
- 1904年(明治37年)4月1日 - 長野県立大町中学校として独立。
- 1920年(大正9年)4月1日 - 長野県令38号により、長野県大町中学校に改称。
- 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革により、長野県大町南高等学校となる。
- 1959年(昭和34年)4月1日 - 長野県大町高等学校と改称。
- 1993年(平成5年)4月1日 - 理数科を設置。
- 2003年(平成15年)4月 - 文部科学省より学力向上フロンティアハイスクールの指定(3年間)を受ける。
- 2006年(平成18年)9月15日 - 長野県大町北高等学校との統合案を県議会が否決。
- 2011年(平成23年) - 2月県議会において長野県大町北高等学校との統合案が同意される[2]。
- 2016年(平成28年)4月 - 長野県大町北高等学校との統合により閉校[1]。長野県大町岳陽高等学校開校[1]。
教育目標
高等学校における教育を徹底し、民主的文化的国家の形成者として、質実剛健にして、豊かな情操と高い知性とを備え、真理を追求し、自主的精神にみちた、心身共に健全な生徒の育成をはかる。
校章
北アルプスにひっそり咲き乱れるシラネアオイを図式化したものでありその可憐な花と見える部分はガク偏が変化したものであり厳しい自然と共に生きる本校の質実さを表している。
校歌
- 校歌は、旧制中学校時代の1911年に、開校10周年を記念して、それまでなかった校歌の制定が行なわれることとなり、東京音楽学校教授吉丸一昌に作詞が依頼され、吉丸は取材のために大町を訪れ作詞をした。校歌には地名や固有名詞が出てこない。内容は、大町・安曇野地域の自然と、そこで学ぶ生徒への奨励歌である。吉丸は、「早春賦」の作詞者としても知られるが、その歌詞はこのときの大町・安曇野訪問の際に着想を得たものとされている[3]。
- 作曲者の島崎赤太郎は、文部省編「尋常小学唱歌」の作曲主任。1902年から1906年までドイツの王立ライプツィヒ音楽院で作曲・オルガン等を学んできた東京音楽学校教授。
校歌
西に東に聳え立つ 山は不断の雲を吐き
南に北に流れ行く 水は狭間に華と散る
楽しからずや山川の 清きを己が心にて
学びの窓の明け暮れに 文の林を辿るなり
努め励めや勤しめや 伸びゆく国の平和は
吾が双肩にかかりたり いざや励まんもろともに
その他
- 挨拶は「魂知和(こんちわ)」。応援練習で指導を受け、生徒に広く浸透している。公的な場でも用いられる。
- 全校登山という学校行事がある。白馬岳、燕岳、穂高岳、蝶ヶ岳、唐松岳等の登山コースを自分の体力に合わせて選択する。
- クラブ活動では地の利を生かした山岳部やスキー部があり、毎年のように全国高等学校総合体育大会(インターハイ)へと選手を送り出している。近年、陸上部もインターハイで活躍している。
- 秋には全校行事で合唱コンクール、強歩大会が行われる。強歩大会コースは鹿島槍スキー場を経由する約30キロメートルである。
- 冬は、1年生を対象にスキー・スノーボード教室が行われる。
- 文化祭は「白嶺祭(しらねさい)」と称し、その由来は北アルプスに由来する。
- 鍬ノ峰の仏崎観音寺登山ルートは2001年・大町高校百周年を記念して、大町高校山岳部が開設
交通
主な出身者
学者・教育者
- 縣秀彦 - 天文学
- 有賀千代吉 - キリスト教教育者
- 五十嵐真登 - 無機化学
- 一志茂樹 - 地方史学
- 岩波洋造 - 植物学
- 植村武 - 地質学
- 薄井萬平 - 農学
- 大沢健郎 - 物理学
- 太田昌秀 - 地質学
- 小田英郎 - 法学
- 志真俊夫 - 金属工学、材料工学
- 塚原鶴夫 - 精密工学、航空工学
- 戸谷和夫 - 農学
- 長島貞夫 - 教育学、社会心理学
- 仁科甫啓 - 医学、臨床化学
- 羽田健三 - 生物学
- 平林明 - 医学、元・東京都耳鼻咽喉科医会会長
- 平林芳夫 - 化学
- 降籏常雄 - 海洋学
- 松沢勲 - 地質学、地球物理学
- 松本尚家 - 英語教育学
- 丸山幸彦 - 歴史学
- 湯浅明 - 植物学
- 横沢弥三郎 - 固体物理学
- 横山盛彰 - 電気工学、元・金沢高等工業学校校長
- 吉田亮 - 医学、元千葉大学長
- 若林忠 - 工学
実業家・政治家・ジャーナリスト
- 赤沼千尋 - 登山家、燕山荘創業者
- 井上六郎 - 井上百貨店創業者
- 遠藤裕男 - 三菱電機元副社長
- 金井保 - 日本板硝子副社長
- 金原進 - 東京消防庁消防総監(第2代)、東急建設副社長、渋谷地下街社長
- 川井英良 - 公安調査庁長官(第6代)
- 倉科茂夫 - 第一證券元社長
- 草間志亨 - 旧国際連盟日本代表委員
- 塚田一甫 - 毎日新聞論説委員
- 鳥羽実 - 鳥羽洋行社長
- 堀場仁徳 - NHK元監事
- 村瀬清 - 東京市神田区長(官選)〜千代田区長(公選)
- 山本実彦 - 東京毎日新聞元社長、改造社元社長、衆議院議員、戦後日本協同党委員長
- 吉田正 - 衆議院議員、協同乳業創業者
その他
- 梅崎慶大 - スキージャンプ選手
- 奥原為雄 - プロ野球選手(中日ドラゴンズ)
- 乙葉 - タレント
- 勝野裕士 - バレーボール選手
- 高橋将市 - 文化放送アナウンサー
- 田中登 - 映画監督
- 平林盛人 - 陸軍中将
- 三戸呂拓也 - 登山家
- 百瀬慎太郎 - 登山家
- 矢部忠太 - 陸軍大佐 終戦時のソ連大使館駐在武官
- 丸山俊郎 - 実業家・しろうま荘支配人
関連書籍
出典・脚注
- ^ a b c d 佐藤裕介 (2016年4月8日). “大町岳陽高が開校 大町、大町北統合 新しい校歌で門出”. 中日新聞 (中日新聞社): p. 朝刊 長野総合版 17
- ^ “平成23年2月県議会定例会の結果について” (PDF). 長野県教育総務課. 2012年10月31日閲覧。
- ^ 牛越徹 (2008年9月30日). “市長のひとこと(つれづれ日記)早春賦に寄せて(平成20年3月)”. 大町市. 2012年11月4日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 長野県大町高等学校 - 公式サイト
- 長野県大町岳陽高等学校 - 公式サイト