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2022年10月7日 (金) 05:37時点における版
秋田市立山王中学校 | |
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北緯39度43分3.25秒 東経140度6分24.51秒 / 北緯39.7175694度 東経140.1068083度座標: 北緯39度43分3.25秒 東経140度6分24.51秒 / 北緯39.7175694度 東経140.1068083度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 秋田市 |
併合学校 |
秋田市立高陽中学校 秋田市立成和中学校 |
設立年月日 | 1953年4月1日 |
創立記念日 | 4月6日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 2学期制 |
学校コード | C105220136036 |
所在地 | 〒010-0951 |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
秋田市立山王中学校(あきたしりつさんのうちゅうがっこう)は、秋田県秋田市山王にある公立中学校[1]。
概要
1953年に、秋田市立高陽中学校と秋田市立成和中学校を統合して設立された[2]。成和中は、茨島一丁目4-7に存在していた。
沿革
以下、注釈の無い項目は学校の公式サイトの情報によるもの[2]。
- 1953年
- 1956年 - 校歌制定。
- 1962年 - 生徒数が東北地方で最多の2704人に達する(当時)。
- 1966年 - 校舎焼失。
- 1967年 - 新校舎竣工式挙行。
- 1971年 - 吹奏楽部全日本吹奏楽コンクールにて初めて全国大会金賞を受賞。
- 2004年 - 新校舎竣工。
スローガン
「日進月歩 ~あいさつの一歩・やる気の一歩・自律の一歩~[3]」
諸活動
部活動
- 陸上競技部
- 野球部
- サッカー部
- バレー部
- ソフトテニス部
- ソフトボール部
- バスケットボール部
- 卓球部
- バトン部
- 水泳部
- 剣道部
- 柔道部
- 美術部
- 放送部
- 科学部
- 吹奏楽部
- 1962年に全日本吹奏楽コンクール全国大会に初出場して以来、現在までに33回の全日本吹奏楽コンクール出場を果たしている(うち金賞15回)。1995年に11年ぶりの全日本吹奏楽コンクール全国大会出場、金賞受賞を果たした。
- また、初代顧問であった木内博は秋田県の音楽の発展に大きく貢献したとして、没後『木内音楽賞』が創設され、秋田県の音楽関係者で目覚しい活躍をした人に与えられている。
個人表彰等
個人では『財団法人伝統的工芸品産業振興協会主催「第25回伝統的工芸品月間作文コンクール」』において文部科学大臣賞・秋田県知事賞を受賞。
さらに同生徒が『財団法人日本原子力文化振興財団独立行政法人日本原子力研究開発機構主催「原子力の日」記念第34回中学生作文募集』において文部科学大臣賞を受賞。
翌年には「人権に関する作文募集」において最優秀賞・秋田魁新報社賞を受賞している。
所在地
秋田市の中心部にあり、斜め向かい(北西方向)には秋田県庁第二庁舎、隣の公園を隔てた向かいは秋田県庁舎(秋田県庁の本庁舎)がある。
面積
主な学区
著名な卒業生
- 山田透 - アナウンサー(元RFラジオ日本・ニッポン放送。現フリー)
- 長崎宏子 - 水泳、ロサンゼルスオリンピック、ソウルオリンピック日本代表
- 石山泰稚 - プロ野球、東京ヤクルトスワローズ投手
- 齋藤正直 - 専修大学硬式野球部監督、川崎製鉄千葉元監督
- 杉本天昇 - バスケットボール選手
- 鈴木健児 -サッカー選手
- 佐川聖二 - クラリネット奏者