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2023年5月13日 (土) 02:48時点における版

この下書きは記事名前空間にあります。このページを自分の利用者スペース移動するか、{{User sandbox}}テンプレートを除去してください。 はっけん(伯玄)さんは、福岡県春日市伯玄町で伝承されている民話の1つ。無類の力持ちで、働き者で、頓智に富んだこの地方の有名な民話の主人公である。『筑前国続風土記拾遺』に「伯玄ヶ塔とて石祠あり、伯玄といひし強力の者の塚也と云」とあり、実在の人物であったされる。修験者出身の者であったと言われている。

あらすじ

はっけんさんは、大飯食いの働き者であった。ある日、はっけんさんが昼食用の大きなおにぎりを背中にくくりつけて野良仕事をしていると、雇い主の旦那が「田仕事ははっけんどんがしとるのか、おにぎりがしとるのかわからん」とからかった。はっけんさんは、大層怒って、弁当を田仕事の道具にくくりつけ「さあ、弁当が仕事するか見てください」とその場にまるで根が生えたように座り込み、旦那が謝るまで動きませんでした。そして、旦那が謝ると人一倍の仕事をした。はっけんさんは、頑固で素直であった。
田植えのため、小倉の草野で田んぼのあぜ塗りをしていた。そこへ旦那がやってきて「はっけんどんのあぜ塗り方はちぃーと低かばい」と言ったので、はっけんさんは、「それなら高くしましょう」と鍬をふるい、あぜを見る見るうちに高くして大土手を築きました。おの大土手でできたのが、草野池であった。
村人がはっけんさんの田すきをからかうと、はっけんさんは、怒って田も道もかまいなしに一直線にすき、那珂川に沿って博多の浜まで行った。そして今度は折り返し、筑紫野まですき返した。このときはっけんさんのすきかえしでできたのが筑紫野市の針刷り峠だった。
はっけんさんはある時、田畑の肥料にするために下肥をもらいに博多馬を曳いて出かけた。昼過ぎの帰る時間になっても帰ってこなかった。あまり遅いので村人が迎えに行くと、馬が倒れていて、はっけんさんが一生懸命馬の看病をしていた。
雨で田畑の作業ができないとき、男はワラ細工の作業をしていた。旦那からワラで縄を作るのを頼まれたはっけんさんは、一心不乱に縄ないをすると家に入らないほどの大きな縄になった。