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「被害妄想」の版間の差分

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[[File:James Tilly Matthews Air Loom.jpg|thumb|19世紀初頭、英国の商人{{仮リンク|ジェームズ・ティリー・マシューズ|en|James Tilly Matthews}}が、「エア・ルーム」と呼ばれる装置を使って悪意ある集団が自分に対して危害を加えていると主張した内容を現したイラスト。被害妄想の一類型である。]]
'''被害妄想'''(ひがいもうそう、{{lang-en|Persecutory delusion}})とは、[[妄想性障害]]のひとつであり、被害の証拠がないのに、自分に被害もしくは危害が及ばされていると確信している[[妄想]]<ref name="Kaplan">{{Cite |和書| |author=B.J.Kaplan |author2=V.A.Sadock |title=カプラン臨床精神医学テキスト DSM-5診断基準の臨床への展開 |edition=3 |publisher=メディカルサイエンスインターナショナル |date=2016-05-31 |isbn=978-4895928526 |at=Chapt.7.4}}</ref>。自己関連づけ(実際には自分とは無関係な他者の行動やしぐさを、自分に向けられたものだと被害的に解釈すること)が、被害妄想の一つの側面であるとされる<ref>金子一史、「[https://doi.org/10.2132/jjpjspp.8.1_12 被害妄想的心性と他者意識および自己意識との関連について]」 『性格心理学研究』 1999年 8巻 1号 p.12-22, {{doi|10.2132/jjpjspp.8.1_12}}, 日本パーソナリティ心理学会</ref>。


'''被害妄想'''(ひがいもうそう、英:Persecutory delusion)とは、根拠が薄弱、または皆無にもかかわらず、自分に対して何らかの危害が加えられていると思い込む[[妄想]]の一種。
[[妄想性障害]]においては典型的な症状であり、その訴えは明快で論理的であり体系化されている<ref name=Kaplan />。怒りの対象に対して[[行動化]]をとることもあり、訴訟を起こされるほどのことでも自分が悪いとは思えず、更には敗訴したにもかかわらず自分の悪い部分を認めることが出来ずに逆恨みをし、ときには攻撃・殺害したりすることもある<ref name=Kaplan />。


患者は、自分が個人あるいは集団の標的にされていると思い込んでいることが多い。被害妄想の内容は実に多様で、ありそうにないがあり得る内容のものから、荒唐無稽で風変わりな内容のものまで様々である。妄想は様々な心身の不調において現れるが、[[統合失調症]]などの精神疾患では一般的である。
一方で[[統合失調症]]における陽性症状に見られる被害妄想は、それと対照的である<ref name=Kaplan />。加害者は、スパイ組織、CIA、秘密警察、フリーメイソン、公安、テロ組織といった漠然とした存在であり、隣家の誰それといった具体的なものではない<ref name=kasuga3>{{Cite |和書|title=援助者必携 はじめての精神科 |edition=3 |author=春日武彦 |publisher=医学書院 |date=2020 |isbn= 978-4-260-04235-2 |at=Chapt.3}}</ref>。盗聴器、電磁波、監視カメラ、テレパシー、ストーカーなどといった概念が登場し、それはプライバシーを暴き、自分を見透かすような存在であるいう訴えとなりうる<ref name=kasuga3/>。


被害妄想は、[[偏執病]](パラノイア)の中でも深刻なタイプに属するものであり、不安症から[[自殺]]願望に至るまで、複数の[[合併症]]を引き起こす。被害妄想の症状は、恐怖のあまり家から出られなかったり、暴力を振るったりするなど、行動に現れる割合が多い。被害妄想は妄想の中では典型的な類いのものであり、男性に多く見られる。
== 対処・治療方法 ==
それは妄想である、と言い聞かせる事はうまく行かない場合が多い<ref name="mainichi20170914" />。妄想には触れずに妄想の結果である不安や不眠などに対処するのが良いとされている<ref name="mainichi20170914" />。それでもうまく行かない場合は最後の手段として[[精神保健及び精神障害者福祉に関する法律#強制入院の根拠法|強制入院]]させる方法がある<ref name="mainichi20170914">{{Cite web|和書|url=https://mainichi.jp/premier/health/articles/20170914/med/00m/010/006000c |title=妄想への対処法は直球より変化球 |publisher=精神科医 林公一 |date=2017-9-15 |accessdate=2017-12-3}}</ref>。


被害妄想は、遺伝的要因と環境要因(薬物やアルコールの使用、精神的虐待の有無など)との組み合わせにより引き起こされる。治療抵抗性があり、最も一般的な治療法は、[[認知行動療法]]、[[抗精神病薬]]の投薬、重篤な場合には入院治療である。診断には[[精神障害の診断と統計マニュアル|DSM-5]]や[[疾病及び関連保健問題の国際統計分類|ICD-11]]が使用される場合が多い。
また、被害妄想を抱かせる人に直接聞いて確かめたり被害妄想を抱く状況に実際に関わったりすることで、被害妄想の内容がやはり事実ではなかったということを確認することができ、推奨される対処方法となっている<ref>森本幸子、「[https://doi.org/10.4992/jjpsy.78.607 大学生における被害妄想的観念への対処方略について]」『心理学研究』 2008年 78巻 6号 p.607-612, {{doi|10.4992/jjpsy.78.607}}, 日本心理学会</ref>。


== 症状 ==
なお、被害妄想をなくしたり軽くしたりするための治療については、「[[統合失調症#治療]]」を参照。
被害妄想は、自分が危害を受けている、もしくは受けるだろうという内容の、継続的で苦痛的な、明確な根拠のない思い込みであり、内容を反証する証拠が提示されたとしても、継続される{{Efn2|「訂正不能性」という{{Sfn|福田|2012|p=12}}。}}ものである。被害妄想の症状は、[[統合失調症]]、[[統合失調感情障害]]、[[妄想性障害]]、[[双極性障害]]の[[躁]]状態におけるエピソード、{{仮リンク|精神病性うつ病|en|Psychotic depression}}、および一部の[[パーソナリティ障害]]などの精神障害でよく見られる<ref>{{cite journal |vauthors=Startup H, Freeman D, Garety PA |date=19 June 2006 |title=Persecutory delusions and catastrophic worry in psychosis: developing the understanding of delusion distress and persistence |journal=Behaviour Research and Therapy |volume=45 |issue=3 |pages=523–537 |doi=10.1016/j.brat.2006.04.006 |pmid=16782048}}</ref><ref name="Freeman_2014">{{cite journal |vauthors=Freeman D, Garety P |date=9 July 2014 |title=Advances in understanding and treating persecutory delusions: a review |journal=Social Psychiatry and Psychiatric Epidemiology |volume=49 |issue=8 |pages=1179–1189 |doi=10.1007/s00127-014-0928-7 |pmc=4108844 |pmid=25005465}}</ref>。[[嫉妬妄想]]と並んで、男性に最も一般的なタイプの妄想であり、精神病における最も典型的な症状である<ref>{{cite book | publisher = American Psychiatric Association | date = 2022 | title = Diagnostic and statistical manual of mental disorders | edition = 5th | doi = 10.1176/appi.books.9780890425787 | isbn = 978-0-89042-575-6 | s2cid = 249488050 | last1 = American Psychiatric Association }}</ref><ref name="Freeman_2007">{{cite journal | vauthors = Freeman D | title = Suspicious minds: the psychology of persecutory delusions | journal = Clinical Psychology Review | volume = 27 | issue = 4 | pages = 425–457 | date = May 2007 | pmid = 17258852 | doi = 10.1016/j.cpr.2006.10.004 | series = PSYCHOSIS }}</ref>。初回エピソード精神病を経験した人の70パーセント以上について、被害妄想の症状が報告されている<ref>{{Cite web |last1=Freeman |first1=Daniel |last2=Bebbington |first2=Paul |date=1 March 2017 |title=Transdiagnostic Extension of Delusions: Schizophrenia and Beyond |url=https://academic.oup.com/schizophreniabulletin/article/2929363/Transdiagnostic |access-date=2023-07-26 |journal=Schizophrenia Bulletin |volume=43 |issue=2 |pages=273–282 |doi=10.1093/schbul/sbw191 |pmc=5605249 |pmid=28399309}}</ref>。被害妄想は、大抵の場合、不安症、鬱病、睡眠障害、自尊心の低下、自殺願望などと併発する<ref name="Freeman_2014" /><ref>{{Cite journal |last1=Bergstein |first1=Moshe |last2=Weizman |first2=Abraham |last3=Solomon |first3=Zehava |date=2008 |title=Sense of coherence among delusional patients: prediction of remission and risk of relapse |url=https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18396189/ |journal=Comprehensive Psychiatry |volume=49 |issue=3 |pages=288–296 |doi=10.1016/j.comppsych.2007.06.011 |issn=0010-440X |pmid=18396189}}</ref><ref name="Hartley_2013">{{cite journal |vauthors=Hartley S, Barrowclough C, Haddock G |date=November 2013 |title=Anxiety and depression in psychosis: a systematic review of associations with positive psychotic symptoms |journal=Acta Psychiatrica Scandinavica |volume=128 |issue=5 |pages=327–346 |doi=10.1111/acps.12080 |pmid=23379898 |s2cid=27880108}}</ref>。被害妄想を持つ者は、[[全般性不安障害]]のそれと同じように、心配性の割合が高く、さらに心配性の度合いは妄想の継続度合いへと関連している<ref name="Freeman_2014" />。また、他人との不和も発生しやすくなる<ref>{{cite journal | vauthors = Craig JS, Hatton C, Craig FB, Bentall RP | title = Persecutory beliefs, attributions and theory of mind: comparison of patients with paranoid delusions, Asperger's syndrome and healthy controls | journal = Schizophrenia Research | volume = 69 | issue = 1 | pages = 29–33 | date = July 2004 | pmid = 15145468 | doi = 10.1016/S0920-9964(03)00154-3 | s2cid = 7219952 | doi-access = free }}</ref><ref name="Freeman_2007" />。


被害妄想の内容の中心は他人で、人間関係が主題となっており、その他人が自分に対して悪い働きかけをしてくる。そしてその内容は当人が大切に思っていたり、劣等感を感じていたりなど、当人の価値観や関心と関連していることが多い{{Sfn|福田|2012|p=185}}。
== 訴えの例==

[[ジョン・ナッシュ]]の統合失調症症状は、映画[[ビューティフル・マインド]]で描かれ、それは自分を共産主義的陰謀に巻き込もうとしている男がいる、との訴えの形であった。
この種の妄想を持つ人の多くは、心理的幸福度において集団の下位2パーセント内に属する<ref name="Freeman_2014" />。妄想内における加害者が持つ架空の権力と、被害者の妄想に対する制御力とには相関関係がある。二つの要素との間の相関関係が強い人は、鬱病や不安症の割合が高くなる<ref name="Hartley_2013" />。都市環境においては、そのような人は、外出時に[[偏執病|パラノイア性障害]]、不安、鬱の度合いが大幅に上昇し、自尊心が低下する<ref name="Freeman_2014" />。また、患者らの多くは非活動的な生活を送っており、その結果高血圧、糖尿病、心臓病を発症するリスクが高くなり、平均寿命が14.5年ほど短くなるとされている<ref>{{Cite web |title=Ground-breaking Treatment Offers New Hope for Patients with Persecutory Delusions |publisher=Oxford University Department of Psychiatry |url=https://www.psych.ox.ac.uk/news/ground-breaking-treatment-offers-new-hope-for-patients-with-persecutory-delusions |access-date=28 October 2022 |language=en |date=9 July 2021}}</ref><ref>{{Cite journal |last1=Diamond |first1=Rowan |last2=Bird |first2=Jessica C. |last3=Waite |first3=Felicity |last4=Bold |first4=Emily |last5=Chadwick |first5=Eleanor |last6=Collett |first6=Nicola |last7=Freeman |first7=Daniel |date=1 August 2022 |title=The physical activity profiles of patients with persecutory delusions |url=https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1755296622000242 |journal=Mental Health and Physical Activity |language=en |volume=23 |pages=100462 |doi=10.1016/j.mhpa.2022.100462 |s2cid=250250997 |issn=1755-2966|doi-access=free }}</ref>。

また、他の種の妄想の中でも、被害妄想の患者は自身の妄想内容に基づいて行動することによるリスクが最も高い。患者は妄想の症状によって、不安や恐怖を感じ、無視や放置をできないまま否応なくその世界に引きずり込まれてしまう。例えば、他者から危害を加えられるのではないかと恐れて外出を拒んだり、他者に対して暴力を振るったりすることがある<ref>{{cite journal | vauthors = Wessely S, Buchanan A, Reed A, Cutting J, Everitt B, Garety P, Taylor PJ | title = Acting on delusions. I: Prevalence | journal = The British Journal of Psychiatry | volume = 163 | issue = 1 | pages = 69–76 | date = July 1993 | pmid = 8353703 | doi = 10.1192/bjp.163.1.69 | s2cid = 45346403 }}</ref><ref>{{cite journal | vauthors = Keers R, Ullrich S, Destavola BL, Coid JW | title = Association of violence with emergence of persecutory delusions in untreated schizophrenia | journal = The American Journal of Psychiatry | volume = 171 | issue = 3 | pages = 332–339 | date = March 2014 | pmid = 24220644 | doi = 10.1176/appi.ajp.2013.13010134 }}</ref>{{Sfn|福田|2012|p=185}}。安全を求めた行動も頻繁に見られ、何か脅威を感じると、恐れていることが発生することを回避するために行動する他、回避行動も頻繁に観察され、例えば、自分が危害を加えられるという可能性のある場所への進入を避けたり、外出は信頼できる人物とだけしたり、人目を避けて別のルートを選んで通ったり、通りを見回して警戒心を強めたりなどして行動する<ref>{{cite journal | vauthors = Freeman D, Garety PA, Kuipers E, Fowler D, Bebbington PE, Dunn G | title = Acting on persecutory delusions: the importance of safety seeking | journal = Behaviour Research and Therapy | volume = 45 | issue = 1 | pages = 89–99 | date = January 2007 | pmid = 16530161 | doi = 10.1016/j.brat.2006.01.014 }}</ref>。

== 原因 ==
被害妄想を持つ人を含む統合失調症の患者を調査した研究では、被害妄想を持つ人たちは、これらの中でも幼少期に受けた[[精神的虐待]]の度合いが著しく高いことが判明した一方、トラウマ、[[身体的虐待]]、ネグレクト、[[性的虐待]]の経験については差異は見られなかった<ref>{{Cite journal | vauthors = Ashcroft K, Kingdon DG, Chadwick P |date=June 2012 |title=Persecutory delusions and childhood emotional abuse in people with a diagnosis of schizophrenia |url=http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/17522439.2011.619012 |journal=Psychosis |language=en |volume=4 |issue=2 |pages=168–171 |doi=10.1080/17522439.2011.619012 |s2cid=143518253 |issn=1752-2439}}</ref>。不安の感情は、患者の心に被害者的思考を生み出し、それを持続させる要因となる<ref name="Freeman_2014" /><ref>{{Cite journal |last1=Freeman |first1=Daniel |last2=Dunn |first2=Graham |last3=Startup |first3=Helen |last4=Pugh |first4=Katherine |last5=Cordwell |first5=Jacinta |last6=Mander |first6=Helen |last7=Černis |first7=Emma |last8=Wingham |first8=Gail |last9=Shirvell |first9=Katherine |last10=Kingdon |first10=David |date=31 March 2015 |title=Effects of cognitive behaviour therapy for worry on persecutory delusions in patients with psychosis (WIT): a parallel, single-blind, randomised controlled trial with a mediation analysis |journal= The Lancet Psychiatry|volume=2 |issue=4 |pages=305–313 |doi=10.1016/S2215-0366(15)00039-5|pmid=26360083 |pmc=4698664 }}</ref>。また、脳内の化学物質の均衡の崩れ、特にアルコールや薬物の使用などによる生物学的問題も、被害妄想を引き起こす要因になり得る。遺伝的な問題もこれに影響すると考えられており、家族が統合失調症や妄想性障害を持つ場合、被害妄想を発症するリスクは高くなる<ref>{{Cite web |title=Delusional Disorder: Causes, Symptoms, Types & Treatment |url=https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/9599-delusional-disorder |access-date=17 July 2023 |website=Cleveland Clinic |language=en}}</ref>。

被害妄想は、自他コントロール、つまり[[社会的相互作用]]において、個人が自己と他人との間の意思交換の解釈を行う時の問題と関連していると考えられている。この意思解釈の時における不測により、[[投影|自分が自己の持つ否定的な思考や感情を他人のせいにする]]可能性があるのである<ref>{{Cite journal |last1=Simonsen |first1=Arndis |last2=Mahnkeke |first2=Mia Ilsø |last3=Fusaroli |first3=Riccardo |last4=Wolf |first4=Thomas |last5=Roepstorff |first5=Andreas |last6=Michael |first6=John |last7=Frith |first7=Chris D |last8=Bliksted |first8=Vibeke |date=2020-01-01 |title=Distinguishing Oneself From Others: Spontaneous Perspective-Taking in First-Episode Schizophrenia and its relation to Mentalizing and Psychotic Symptoms |url=https://doi.org/10.1093/schizbullopen/sgaa053 |journal=Schizophrenia Bulletin Open |volume=1 |issue=1 |doi=10.1093/schizbullopen/sgaa053 |issn=2632-7899|doi-access=free }}</ref>。また、自尊心の低さによりパラノイアが発生するという理論もあり、それによれば、何らかの脅威が生じると、その人は他者を責めることにより、否定的な感情から自身を守るとされている<ref name=":0">{{Cite journal |last1=Bentall |first1=Richard P. |last2=Corcoran |first2=Rhiannon |last3=Howard |first3=Robert |last4=Blackwood |first4=Nigel |last5=Kinderman |first5=Peter |title=Persecutory Delusions: A Review and Theoretical Integration |date=November 2001 |url=https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0272735801001064 |journal=Clinical Psychology Review |language=en |volume=21 |issue=8 |pages=1143–1192 |doi=10.1016/S0272-7358(01)00106-4|pmid=11702511 }}</ref>。

このような妄想の発生・進行は、ストーカー行為、薬物の服用、いじめなどの過去の被害経験に影響を受けることがある<ref name=":4" />。さらに、[[社会的地位|社会的]]・経済的地位の低さや、教育水準の低さ、幼少期における差別・脅威の経験、[[移民]]であることなどの特殊な要因もこれらに寄与する一因となっている<ref name=":4">{{Cite journal |last1=Bentall |first1=Richard P. |last2=Corcoran |first2=Rhiannon |last3=Howard |first3=Robert |last4=Blackwood |first4=Nigel |last5=Kinderman |first5=Peter |title=Persecutory Delusions: A Review and Theoretical Integration |date=2001-11-01 |url=https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0272735801001064 |journal=Clinical Psychology Review |series=PSYCHOSIS |volume=21 |issue=8 |pages=1143–1192 |doi=10.1016/S0272-7358(01)00106-4 |pmid=11702511 |issn=0272-7358}}</ref><ref name=":1" /><ref>{{Cite journal |last=Fuchs |first=Thomas |date=1999 |title=Life Events in Late Paraphrenia and Depression |url=https://www.karger.com/Article/FullText/29069 |journal=Psychopathology |language=en |volume=32 |issue=2 |pages=60–69 |doi=10.1159/000029069 |pmid=10026450 |s2cid=28553128 |issn=0254-4962}}</ref>。

== 治療 ==
被害妄想の治療は難しく、治療抵抗性がある<ref>{{cite journal | vauthors = Fried EI, Koenders MA, Blom JD | title = Bleuler revisited: on persecutory delusions and their resistance to therapy | language = English | journal = The Lancet. Psychiatry | volume = 8 | issue = 8 | pages = 644–646 | date = August 2021 | pmid = 34246325 | doi = 10.1016/S2215-0366(21)00240-6 | s2cid = 235796615 | doi-access = free }}</ref>。統合失調症の治療薬は、特に陽性症状がある場合によく使用される。[[定型抗精神病薬]]、[[非定型抗精神病薬]]どちらも有効である場合が多い<ref>{{cite book | vauthors = Garety PA, Freeman DB, Bentall RP |title=Persecutory delusions: assessment, theory, and treatment |publisher=Oxford University Press |location=Oxford [Oxfordshire] |year=2008 |pages=313 |isbn=978-0-19-920631-5 }}</ref>。これらの薬は患者が持つ妄想に対する不安や緊張感をほぐし、周囲の刺激に対して無関心になることを促し、妄想の内容を冷静に見つめ直す機会を与える{{Sfn|福田|2012|pp=5-7}}。また、この種の妄想症には不安や恐怖感が伴うことが多いため、[[認知行動療法]]を利用してこれらについて取り組むことで、妄想自体の頻度が減少し、幸福度の上昇が促され、ルミネ―ションも少なくなることが判明している<ref>{{cite journal | vauthors = Freeman D, Dunn G, Startup H, Pugh K, Cordwell J, Mander H, Černis E, Wingham G, Shirvell K, Kingdon D | display-authors = 6 | title = Effects of cognitive behaviour therapy for worry on persecutory delusions in patients with psychosis (WIT): a parallel, single-blind, randomised controlled trial with a mediation analysis | journal = The Lancet. Psychiatry | volume = 2 | issue = 4 | pages = 305–313 | date = April 2015 | pmid = 26360083 | pmc = 4698664 | doi = 10.1016/S2215-0366(15)00039-5 | s2cid = 14328826 }}</ref>。[[ビタミンB12欠乏症|ビタミンB<sub>12</sub>欠乏症]]患者に対しては、サプリメント投与による治療が有効な結果を示している<ref>{{cite journal | vauthors = Carvalho AR, Vacas S, Klut C | title = Vitamin B12 deficiency induced psychosis–a case report. | journal = European Psychiatry | date = April 2017 | volume = 41 | issue = S1 | pages = S805 | doi = 10.1016/j.eurpsy.2017.01.1557 | s2cid = 79628360 }}</ref>。また、仮想現実認知療法は、患者の妄想や苦痛の軽減に有効な結果を示している。これは、仮想現実を使用して、患者を現実社会を模した空間に浸し、その中で患者に対して回避行動などを取らずに環境内を徹底的に探索するよう指示することで、患者が感じている現実世界の脅威が根拠のないものだということを示すことができるというものである<ref>{{cite journal | vauthors = Freeman D, Bradley J, Antley A, Bourke E, DeWeever N, Evans N, Černis E, Sheaves B, Waite F, Dunn G, Slater M, Clark DM | display-authors = 6 | title = Virtual reality in the treatment of persecutory delusions: randomised controlled experimental study testing how to reduce delusional conviction | journal = The British Journal of Psychiatry | volume = 209 | issue = 1 | pages = 62–67 | date = July 2016 | pmid = 27151071 | pmc = 4929408 | doi = 10.1192/bjp.bp.115.176438 }}</ref>。

== 診断 ==
[[精神障害の診断と統計マニュアル]](DSM-5)には11種類の妄想のタイプが、[[疾病及び関連保健問題の国際統計分類]](ICD-11)には15種類の妄想のタイプが定義されており、どちらも被害妄想を含む。これらによれば、被害妄想とは、当人または当人に近しい人物が、誰かに悪意をもって扱われていると思い込む、ありふれた妄想の一つだとされている。例として、自分自身が薬物を投与されたり、偵察されたり、危害を加えられたり、嘲笑されたり、欺瞞を受けたり、陰謀に巻き込まれたり、あるいは迫害やハラスメントを受けたりしているなどといった内容の思い込みがこれにあたり、患者はこれらを他人に訴えたり、何らかの行動を起こしたり、暴力的になったりすることで自分に正義をもたらそうとすることがある<ref>{{Cite web |date=1 January 2022 |title=MB26.07 Persecutory delusion |url=https://icd.who.int |access-date=25 October 2022 |website=ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics |publisher=World Health Organization}}</ref>。

この妄想性障害を診断する詳細な基準を定めるため、{{仮リンク|ダニエル・フリーマン (心理学者)|en|Daniel Freeman (psychologist)|label=ダニエル・フリーマン}}と{{仮リンク|フィリッパ・ガレティ|en|Philippa Garety}}は、そう診断するに足る満たさなければならない基準を2つに分けた診断表を作成した。その基準のうち一つは、当人が、現在または将来において自分に危害が生じること、もう一つはある加害者によってそれが引き起こされるということをそれぞれ信じているということである。また、妄想は当人に苦痛をもたらすことが条件としてあり、さらに、身の回りの人物に危害が加えられるというだけでは、被害妄想とは見なされない。当人は、ある加害者が自分に危害を加えようとしていると信じなければならず、例えば[[関係妄想]]は被害妄想には含まれない<ref name=":1">{{Cite journal |last1=Freeman |first1=Daniel |last2=Garety |first2=Philippa A. |date=November 2000 |title=Comments on the content of persecutory delusions: Does the definition need clarification? |url=https://doi.wiley.com/10.1348/014466500163400 |journal=British Journal of Clinical Psychology |language=en |volume=39 |issue=4 |pages=407–414 |doi=10.1348/014466500163400|pmid=11107494 }}</ref>。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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=== 注釈 ===
<references group="注"/>
=== 出典 ===
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== 参考文献 ==
* {{Cite book |和書 |author= 福田正人|title= もう少し知りたい統合失調症の薬と脳|edition= 第2版|publisher= 日本評論社|date= 2012-4-25|isbn= |ref={{SfnRef|福田|2012}}}}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[統合失調症]]
* [[マインドコントロール]]
* [[マインドコントロール]]
* [[偏執病]](パラノイア)
* [[偏執病]](パラノイア)
* [[妄想性障害]]
* [[妄想性障害]]
* [[行動化]]
* [[統合失調症]]
* [[好訴妄想]]
* [[好訴妄想]]
* [[行動化]]


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[[Category:妄想性障害]]
[[Category:妄想性障害]]

2023年12月17日 (日) 14:59時点における版

19世紀初頭、英国の商人ジェームズ・ティリー・マシューズ英語版が、「エア・ルーム」と呼ばれる装置を使って悪意ある集団が自分に対して危害を加えていると主張した内容を現したイラスト。被害妄想の一類型である。

被害妄想(ひがいもうそう、英:Persecutory delusion)とは、根拠が薄弱、または皆無にもかかわらず、自分に対して何らかの危害が加えられていると思い込む妄想の一種。

患者は、自分が個人あるいは集団の標的にされていると思い込んでいることが多い。被害妄想の内容は実に多様で、ありそうにないがあり得る内容のものから、荒唐無稽で風変わりな内容のものまで様々である。妄想は様々な心身の不調において現れるが、統合失調症などの精神疾患では一般的である。

被害妄想は、偏執病(パラノイア)の中でも深刻なタイプに属するものであり、不安症から自殺願望に至るまで、複数の合併症を引き起こす。被害妄想の症状は、恐怖のあまり家から出られなかったり、暴力を振るったりするなど、行動に現れる割合が多い。被害妄想は妄想の中では典型的な類いのものであり、男性に多く見られる。

被害妄想は、遺伝的要因と環境要因(薬物やアルコールの使用、精神的虐待の有無など)との組み合わせにより引き起こされる。治療抵抗性があり、最も一般的な治療法は、認知行動療法抗精神病薬の投薬、重篤な場合には入院治療である。診断にはDSM-5ICD-11が使用される場合が多い。

症状

被害妄想は、自分が危害を受けている、もしくは受けるだろうという内容の、継続的で苦痛的な、明確な根拠のない思い込みであり、内容を反証する証拠が提示されたとしても、継続される[注 1]ものである。被害妄想の症状は、統合失調症統合失調感情障害妄想性障害双極性障害状態におけるエピソード、精神病性うつ病英語版、および一部のパーソナリティ障害などの精神障害でよく見られる[2][3]嫉妬妄想と並んで、男性に最も一般的なタイプの妄想であり、精神病における最も典型的な症状である[4][5]。初回エピソード精神病を経験した人の70パーセント以上について、被害妄想の症状が報告されている[6]。被害妄想は、大抵の場合、不安症、鬱病、睡眠障害、自尊心の低下、自殺願望などと併発する[3][7][8]。被害妄想を持つ者は、全般性不安障害のそれと同じように、心配性の割合が高く、さらに心配性の度合いは妄想の継続度合いへと関連している[3]。また、他人との不和も発生しやすくなる[9][5]

被害妄想の内容の中心は他人で、人間関係が主題となっており、その他人が自分に対して悪い働きかけをしてくる。そしてその内容は当人が大切に思っていたり、劣等感を感じていたりなど、当人の価値観や関心と関連していることが多い[10]

この種の妄想を持つ人の多くは、心理的幸福度において集団の下位2パーセント内に属する[3]。妄想内における加害者が持つ架空の権力と、被害者の妄想に対する制御力とには相関関係がある。二つの要素との間の相関関係が強い人は、鬱病や不安症の割合が高くなる[8]。都市環境においては、そのような人は、外出時にパラノイア性障害、不安、鬱の度合いが大幅に上昇し、自尊心が低下する[3]。また、患者らの多くは非活動的な生活を送っており、その結果高血圧、糖尿病、心臓病を発症するリスクが高くなり、平均寿命が14.5年ほど短くなるとされている[11][12]

また、他の種の妄想の中でも、被害妄想の患者は自身の妄想内容に基づいて行動することによるリスクが最も高い。患者は妄想の症状によって、不安や恐怖を感じ、無視や放置をできないまま否応なくその世界に引きずり込まれてしまう。例えば、他者から危害を加えられるのではないかと恐れて外出を拒んだり、他者に対して暴力を振るったりすることがある[13][14][10]。安全を求めた行動も頻繁に見られ、何か脅威を感じると、恐れていることが発生することを回避するために行動する他、回避行動も頻繁に観察され、例えば、自分が危害を加えられるという可能性のある場所への進入を避けたり、外出は信頼できる人物とだけしたり、人目を避けて別のルートを選んで通ったり、通りを見回して警戒心を強めたりなどして行動する[15]

原因

被害妄想を持つ人を含む統合失調症の患者を調査した研究では、被害妄想を持つ人たちは、これらの中でも幼少期に受けた精神的虐待の度合いが著しく高いことが判明した一方、トラウマ、身体的虐待、ネグレクト、性的虐待の経験については差異は見られなかった[16]。不安の感情は、患者の心に被害者的思考を生み出し、それを持続させる要因となる[3][17]。また、脳内の化学物質の均衡の崩れ、特にアルコールや薬物の使用などによる生物学的問題も、被害妄想を引き起こす要因になり得る。遺伝的な問題もこれに影響すると考えられており、家族が統合失調症や妄想性障害を持つ場合、被害妄想を発症するリスクは高くなる[18]

被害妄想は、自他コントロール、つまり社会的相互作用において、個人が自己と他人との間の意思交換の解釈を行う時の問題と関連していると考えられている。この意思解釈の時における不測により、自分が自己の持つ否定的な思考や感情を他人のせいにする可能性があるのである[19]。また、自尊心の低さによりパラノイアが発生するという理論もあり、それによれば、何らかの脅威が生じると、その人は他者を責めることにより、否定的な感情から自身を守るとされている[20]

このような妄想の発生・進行は、ストーカー行為、薬物の服用、いじめなどの過去の被害経験に影響を受けることがある[21]。さらに、社会的・経済的地位の低さや、教育水準の低さ、幼少期における差別・脅威の経験、移民であることなどの特殊な要因もこれらに寄与する一因となっている[21][22][23]

治療

被害妄想の治療は難しく、治療抵抗性がある[24]。統合失調症の治療薬は、特に陽性症状がある場合によく使用される。定型抗精神病薬非定型抗精神病薬どちらも有効である場合が多い[25]。これらの薬は患者が持つ妄想に対する不安や緊張感をほぐし、周囲の刺激に対して無関心になることを促し、妄想の内容を冷静に見つめ直す機会を与える[26]。また、この種の妄想症には不安や恐怖感が伴うことが多いため、認知行動療法を利用してこれらについて取り組むことで、妄想自体の頻度が減少し、幸福度の上昇が促され、ルミネ―ションも少なくなることが判明している[27]ビタミンB12欠乏症患者に対しては、サプリメント投与による治療が有効な結果を示している[28]。また、仮想現実認知療法は、患者の妄想や苦痛の軽減に有効な結果を示している。これは、仮想現実を使用して、患者を現実社会を模した空間に浸し、その中で患者に対して回避行動などを取らずに環境内を徹底的に探索するよう指示することで、患者が感じている現実世界の脅威が根拠のないものだということを示すことができるというものである[29]

診断

精神障害の診断と統計マニュアル(DSM-5)には11種類の妄想のタイプが、疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD-11)には15種類の妄想のタイプが定義されており、どちらも被害妄想を含む。これらによれば、被害妄想とは、当人または当人に近しい人物が、誰かに悪意をもって扱われていると思い込む、ありふれた妄想の一つだとされている。例として、自分自身が薬物を投与されたり、偵察されたり、危害を加えられたり、嘲笑されたり、欺瞞を受けたり、陰謀に巻き込まれたり、あるいは迫害やハラスメントを受けたりしているなどといった内容の思い込みがこれにあたり、患者はこれらを他人に訴えたり、何らかの行動を起こしたり、暴力的になったりすることで自分に正義をもたらそうとすることがある[30]

この妄想性障害を診断する詳細な基準を定めるため、ダニエル・フリーマン英語版フィリッパ・ガレティ英語版は、そう診断するに足る満たさなければならない基準を2つに分けた診断表を作成した。その基準のうち一つは、当人が、現在または将来において自分に危害が生じること、もう一つはある加害者によってそれが引き起こされるということをそれぞれ信じているということである。また、妄想は当人に苦痛をもたらすことが条件としてあり、さらに、身の回りの人物に危害が加えられるというだけでは、被害妄想とは見なされない。当人は、ある加害者が自分に危害を加えようとしていると信じなければならず、例えば関係妄想は被害妄想には含まれない[22]

脚注

注釈

  1. ^ 「訂正不能性」という[1]

出典

  1. ^ 福田 2012, p. 12.
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参考文献

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関連項目