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バルトアンデルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

バルトアンデルス:Baldanders)は、ハンス・ヤーコプ・クリストッフェル・フォン・グリンメルスハウゼン阿呆物語(1668/1669年)に登場する、様々に変身できる架空生物。元となったのはギリシア神話に登場する変身の術の巧みな神プロテウスであり、16世紀にハンス・ザックスにより創作されたという。

語釈

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バルトアンデルス(またはバルトアンダース[1])の名は「すぐに変身するもの」の意。すなわち「すぐに」(Bald)と「別のもの」(Anders)のドイツ語の組み合わせから成っている[1][4]

要約

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バルトアンデルスは、グリンメルスハウゼン作『阿呆物語』(正編1668年刊行)の続編第6巻(1669年)第9章に登場し[5][8]、石像の姿でいるところを、主人公ジンプリチウス・ジンプリチシムスが遭遇する[9]。古代ドイツの英雄のようなその石像(彫像)は、ローマ兵の装束を着用し、「シュヴァーベン式前掛け」といって前垂れの開き布 (フラップ)が(つまり平たいコッドピース的な開け留め可能な生地が股間に)ついていた[6][10][11][注 1]

物体対話術

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石像(バルトアンデルス)は喋り始め、自分はかつて1534 年の7月に靴屋のハンス・ザックス(作家)に遭ったことがあるが[9]、そのザックスには、物言わぬ物体とも対話しうる秘術をさずけたという[10]。(⇒§ハンス・ザックスより借用を参照)。

秘術と謎と変身

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主人公ジンプリチウスは、例の、命なき存在と会話する秘術を教わることを請うが、バルトアンデルスは謎かけする。「我、初めにして終わりなり、あらゆる場所に当てはまる。」という文の後にナンセンス言葉を羅列したものを、主人公が持っていた本に書き込んだのだ[13][14][2]。このバルトアンデルスは次々といろんな物に変身してみせた。すなわち樫の木雌豚腸詰ブラートヴルスト)、農夫の汚わいクローバー畑、牛糞、一輪の花、桑の木、絹の絨毯、その他の姿であった。それらになりすましたのち、バルトアンデルスは人間らしい姿に戻った[15][16][注 2]。(⇒§変身体の連鎖の意味を参照)。

考察

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ハンス・ザックスより借用

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作中ではバルトアンデルスの弟子という設定でドイツの著名作家ハンス・ザックスに触れているが、これはじつは作者グリンメルスハウゼンが、バルトアンデルスというキャラクターを、ザックスから借用したものであることへの言及であって、ザックスは「1534 年7月31日」付で「我、全世界に知られる、バルトアンダースト〔ママ〕と呼ばれるもの」[17]という詩を発表している[18][19][20]

ザックスはおそらくギリシア=ローマ神話で変身に長けた神プローテウスから着想を得たものとされる[21]

変身体の連鎖の意味

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ここでバルトアンデルスが変身した物らは、樫のドングリが食べ、豚肉のソーセージを農夫が食べて排便し、これが肥料となってクローバー畑が生えるというように、食物連鎖式になっており、それぞれの物が滅亡する過程を示しているのだと解釈されている[22]。主人公は熟考のち謎の文章を解き明かす[23]

扉絵の誤解

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ホルヘ・ルイス・ボルヘス幻獣辞典』の記載等では、バルトアンデルスが『阿呆物語』版本の扉絵の怪物[24](ヤギの脚と鳥の足が一緒になっており、魚の尾、鳥の翼を持っている)に同定されているが[25][26]、これは誤りであるとドイツ文学者に指摘される[27][注 3]

キリスト教解釈

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天国楽園)よりやってきたと自称しており[28]、たとえ悪魔の一種だったとしてもキリスト教の宗教観からするサタンとは程遠い[29]

バルトアンデルスという名前の存在の登場する作品

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脚注

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注釈

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  1. ^ 『阿呆物語』原文ではSchwabenlatzは、直訳せば「シュヴァーベン風の前掛け」だが(W・G・ゼーバルト論の柴田訳にみえる)、新英訳(Adair訳)を見るとコッドピース(「股間当て」)を充てており、「前掛け」とは程遠いことがわかる。シュワーベン方言辞典によれば「ラッツ」は確かに"前掛け"であるが、「シュワーベン風ラッツ」は男性の古い衣装におけるホーゼンラッツ(Hosenlatz)のことであり[12]、すなわちレーダーホーゼンなどの前についているフラップのことで、小用を足すときに開けるためのものである。
  2. ^ 主人公は、このときハンス・ザックスの著作物は未見だったが、オウィディウスの『変身物語』から知りえたプローテウスは、このように次々と変身するような存在ではないな、という感想を漏らす。
  3. ^ 委細については「阿呆物語」の項の§扉絵の怪物を参照。

出典

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  1. ^ a b 時田 (2018), pp. 145–146.
  2. ^ a b Speier, Hans (1989). Simplicissimus, the Irreverant Man. Oxford University Press. p. 235. ISBN 9780195058758. https://books.google.com/books?id=rmGGYlWqgnUC&pg=PA235 
       (Spring 1966). “Simplicissimus, the Irreverant Fool”. Social Research (Johns Hopkins University Press) 33 (1): 19. JSTOR 40969802. 
  3. ^ Grimmelshausen & Adair tr. (1986–2012), Book Six, Chapters 9–13, pp. 236–245.
  4. ^ "Soon-different",[2] "Soonchanged"などと英語では意訳される[3]
  5. ^ 新井皓士文化史と文学史の狭間(四)、Grimmelshausenに関する煩瑣なる断章」『言語文化』第15号、一橋大学語学研究室 、1978年12月20日、32頁、doi:10.15057/9055hdl:10086/9055 
  6. ^ a b Grimmelshausen, Hans Jakob Christoffel von (1685). “Das IX. Capitel. Simplex mit Baldanders viel discuriret / Bey dem er treffliche Künste verspüret”. Nürnberg: Felßecker. pp. 586ff. https://books.google.com/books?id=G6ddAAAAcAAJ&pg=PA586 
  7. ^ Grimmelshausen, Hans Jakob Christoffel von (1856). “Das neunte Kapitel. Simplex mit Baldanders viel diskurirt, bei dem er treffliche Künste verspürt.”. Der abenteuerliche Simplicius Simplicissimus : das ist: Ausführliche unerdichtete u. sehr merkwürdige Lebensbeschreibung ... Melchior Sternfals von Fuchsheim ... ; in 6 Büchern. 6. Leipzig: Otto Wigand. http://digital.ub.uni-duesseldorf.de/ihd/content/pageview/9312492 
  8. ^ 1685年版[6]、1856年版本[7]でも第6巻第9章と確認できる。
  9. ^ a b 時田 (2018), p. 145.
  10. ^ a b Grimmelshausen & Adair tr. (1986–2012), p. 236.
  11. ^ Sebald (1995), p. 32; (英訳)Sebald (1998), p. 23;(柴田訳)Sebald (2001), p. 265:"古代ドイツの英雄に似たその彫像は、ローマ兵士のチュニックを着て、シュヴァーベン風の大きな前掛けをつけている"
  12. ^ Fischer, Hermann [in ドイツ語] (1914). "Latz". Schwäbisches Wörterbuch. Vol. 4. Tübingen: H. Laupp. p. 1017. 3. An der (bes. altern) Mannerkleidung =Hosenlatz.. Sonst in älterer Zeit bes. schwäbisch L... Schwabenlatz GRIMMELSH. Simpl. 6. Buch 9. Kap.
  13. ^ 時田 (2018), p. 147.
  14. ^ Grimmelshausen & Adair tr. (1986–2012), pp. 236ff.
  15. ^ Grimmelshausen & Adair tr. (1986–2012), p. 237.
  16. ^ Sebald (1995), p. 32; (英訳)Sebald (1998), pp. 23–24; (柴田訳)Sebald (2001), p. 265
  17. ^ Sachs, Hans (c. 1553). Baldanderst, so bin ich genannt, der gantzen Welte wol bekant. Nürnberg: Hamsing. https://books.google.com/books?id=gFDlazbiBpcC 
  18. ^ 時田 (2018), p. 146.
  19. ^ Scholte, J. H. (1949). “Die Stellung der «Continuatio» in Grimmelshausens Dichtung”. Trivium 7: 333. https://books.google.com/books?id=R5swAQAAIAAJ&q=baldanders. 
  20. ^ Grimmelshausen & Adair tr. (1986–2012), p. 236, n324.
  21. ^ McCarty, Paul Truman (1940). Hora Martis: A Study of the Literary Reaction of Seventeenth Century Writers to the Thirty Years War in Germany. University of Wisconsin. pp. 60–61. https://books.google.com/books?id=Z6ROAAAAMAAJ&q=Baldanders 
  22. ^ Jacobs, Carol (2015). Sebald's Vision. Columbia University Press. pp. 66–67. ISBN 9780231540100. https://books.google.com/books?id=aQVaCgAAQBAJ&pg=PA66 
  23. ^ 時田 (2018), pp. 147–148.
  24. ^ 阿呆物語の扉絵(画像ファイル)参照。
  25. ^ Borges, Jorge Luis (1992)[1957] El libro de los seres imaginarios. Gerscheに拠る.
  26. ^ Rodney (1983), p. 71.
  27. ^ Gersch, Hubert (2015), Literarisches Monstrum und Buch der Welt: Grimmelshausens Titelbild zum »Simplicissimus Teutsch«, Walter de Gruyter GmbH & Co KG, pp. 2–3, ISBN 9783110915150, https://books.google.com/books?id=tidfCAAAQBAJ&pg=PA3 
  28. ^ Sebald (1995), p. 32; Sebald (1998), pp. 23–24
  29. ^ Rodney (1983), p. 181.

参照文献

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関連項目

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