生物学における不老不死
生物学における不老不死(せいぶつがくにおけるふろうふし)とは、通常では時間の経過に伴って発生する老化が発生せず、もしくは一時的に発生しても若返ることによって、老衰による死から免れた状態のこと。
生物学的には、いかなる外傷・疾病・毒物などによっても死ぬことのない状態を表す不死身は成り立ち得ないため、不老不死のうち、「不老」に当たる概念を指して不老不死と呼ばれる。老衰による死を免れた個体や細胞の形質を指して「不死化」と呼ばれる。 個体の寿命が設けられている意味、その設定と作用の機序は何か。その設定を人工的に操作することはできるのか、すなわち不老不死は可能かは、主な生物学上の未解決問題の一つである。
真核細胞以外の場合
[編集]一般に真核細胞生物以外には寿命(老化)による死という現象は認められていない。
真核細胞の場合
[編集]多くの動物を含む一部の真核生物では、その個体の生命活動期間がいわゆる寿命によって生理的に制限されている種がある。そういった生物で不老不死を実現するためには、加齢によって生命活動が衰退する老化現象を取り除く必要がある。よく誤解されるが、動物以外の大多数の多細胞生物にはいわゆる老化や寿命といった現象は認められておらず、老化現象は生物の必然ではなく、進化的に獲得されたものと考えられる。動物においても腔腸動物や扁形動物など属するほとんどの種に老化現象は存在せず、明確な寿命が認められていない(ちなみにベニクラゲの特異性はクラゲ(有性生殖状態:寿命有り)からポリプ(栄養状態・無性増殖状態:寿命が認められていない)に戻ることであって、不老性そのものではない)。動物以外では、ゾウリムシや酵母などで動物の老化とよく似た現象が認められるが、そのプロセスは様々である。以下に記述された論は哺乳類を含む一部動物の老化・寿命の原因としての仮説や知見である。
原因
[編集]細胞レベルで
[編集]細胞は分裂を繰り返してその系統を存続するが、実際には多細胞生物の細胞は無限に分裂を繰り返すわけではない。これは普通は個体の寿命が有限であるからである。しかし、その一部の細胞を取り出して培養した場合、この制約はなくなる。そのような方法で、どうやら無限に分裂を繰り返して系統を維持できそうな細胞が得られる場合がある。ヒトの細胞でのそのような細胞株の最初の例がHeLa細胞であった。
薬学による寿命伸長
[編集]今まで、生物の寿命を伸長させる薬物は科学的に立証された形では存在しなかった。しかし、2009年の研究で、ラパマイシンと呼ばれる免疫抑制剤の一種がマウスの寿命を伸長させたことが立証され[1]、いわゆる「寿命を延ばす薬品」となった。ただし、ラパマイシンには強い免疫抑制作用があるため抗老化薬品としての実用化はされていない。
このほか、メトホルミン、レスベラトロール、NMNなどに抗老化作用が認められ、臨床試験が進められている[2]。
老化を研究している人物
[編集]老化を研究している企業
[編集]- Calico (企業)
- en:Altos Labs[16][17]
- en:Unity Biotechnology
- Retro Biosciences(レトロ・バイオサイエンシズ)[18]
脚注
[編集]- ^ 「Rapamycin fed late in life extends lifespan in genetically heterogeneous mice」ネイチャー460号 392-395ページ (2009年7月16日)
- ^ 「寿命120歳」不老薬に現実味 実は安価な糖尿病薬 米で臨床試験許可
- ^ “老化を治療できる時代が目前に 生成AIの活用で予防医学の革命に挑むGMOと東大”. マイナビニュース. 2023年12月15日閲覧。
- ^ “「老化とがんは関係しているのか」東大教授の最新研究で分かってきた"老いの正体"”. PRESIDENT Online. 2023年12月23日閲覧。
- ^ “山中教授、iPSで「若返り」研究 国の支援継続も要望”. 朝日新聞デジタル. 2023年12月14日閲覧。
- ^ “藤井聡太と山中伸弥が考える「将棋棋士」と「研究者」の全盛期…知能のピークは何歳までなのか 脳細胞を若返らせる”. +αオンライン 現代ビジネス. 2023年12月16日閲覧。
- ^ “人類の夢「不老」を可能にする?オートファジーの機構解明”. SCIENCE SHIFT. 2024年1月4日閲覧。
- ^ “老化細胞(ゾンビ細胞)の謎が分かった 老化細胞を除去する薬の開発も進行中”. 日経BP. 2023年12月20日閲覧。
- ^ “神経の元になる細胞「60代から10代に」 マウスで若返りに成功”. 朝日新聞デジタル. 2023年12月29日閲覧。
- ^ ““老化する脳を若返らせる —神経幹細胞の活性化と記憶力回復””. 理化学研究所 お知らせ 2023. 2023年12月30日閲覧。
- ^ “老化抑える脳細胞特定、マウス実験で寿命延長も成功…5年以内に人への応用目指す”. 読売新聞オンライン. 2024年1月17日閲覧。
- ^ “「老化細胞除去ワクチン」の開発に成功、マウス実験で 順天堂大”. 朝日新聞デジタル. 2024年1月25日閲覧。
- ^ “注射するだけで老化の進行を遅らせられる? 順天堂大チームが開発した「老化細胞除去ワクチン」”. デイリー新潮. 2024年1月25日閲覧。
- ^ “「若返り薬」を実現か――ハーバード大、細胞を若返らせる化学薬品を発見”. fabcross for エンジニア. 2024年1月1日閲覧。
- ^ “老化は「治癒」できる 研究者たちの相次ぐ挑戦”. NIKKEI STYLE. 2024年1月1日閲覧。
- ^ “山中伸弥教授がAltos Labs社の上級科学アドバイザーに就任しました”. ニュース・イベント|CiRA(サイラ). 2023年12月16日閲覧。
- ^ “Altos Labsとの受託研究契約締結について”. ニュース・イベント|CiRA(サイラ). 2024年1月2日閲覧。
- ^ “チャットGPTの開発者が次に狙う、人間に寿命200年もたらす新薬”. BIGLOBEニュース. 2024年1月7日閲覧。
関連項目
[編集]参考文献
[編集]書籍
[編集]- 石田行雄 『不老不死と薬―薬を求めた人間の歴史』築地書館 ISBN 4-8067-2319-3
- 三井洋司 『不老不死のサイエンス』新潮社 ISBN 4-10-610159-9
- 金子隆一 『究極のサイエンス 不老不死』八幡書店 ISBN 4-89-350400-2
- 高杉征樹 『不老不死の追求』文芸社 ISBN 4-28-600524-0
論文
[編集]- 藤本大三郎「老化はどのようにしておこるか」『化学教育』第34巻第4号、社団法人日本化学会、1986年8月20日、284-287頁、NAID 110001825187。
DVD
[編集]- 『ディスカバリーチャンネル 寿命100歳を実現する科学 不老不死のテクノロジー』角川書店