田河町
表示
たがわまち 田河町 | |
---|---|
廃止日 | 1955年4月1日 |
廃止理由 |
新設合併 田河町、那賀村 → 芦辺町 |
現在の自治体 | 壱岐市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 九州地方 |
都道府県 | 長崎県 |
郡 | 壱岐郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 |
6,722人 (国勢調査、1950年) |
隣接自治体 | 壱岐郡箱崎村、那賀村、石田村 |
田河町役場 | |
所在地 | 長崎県壱岐郡田河町大字諸吉仲触82番地 |
座標 | 北緯33度47分28秒 東経129度45分23秒 / 北緯33.79103度 東経129.75644度座標: 北緯33度47分28秒 東経129度45分23秒 / 北緯33.79103度 東経129.75644度 |
ウィキプロジェクト |
田河町(たがわまち)は、長崎県壱岐郡にあった町。1955年(昭和30年)に西隣[1]の那賀村と合併し、芦辺町となった。
現在の壱岐市芦辺町の南東部にあたる。
地理
[編集]壱岐島の東部に位置する。
沿革
[編集]平安時代中期に編纂された『和名類聚抄』によれば、壱岐島壱岐郡七郷の1つとして当町域の一帯を「田河郷」と称したとされる[2]。1889年に深江村と諸吉村が合併し地方公共団体として発足した際に採用された「田河」の名称は、上記の郷名より名付けられた[3]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、深江村・諸吉村が合併し壱岐郡田河村が発足。
- 1947年(昭和22年)11月3日 - 田河村が町制施行、田河町となる。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 那賀村と合併して芦辺町が発足し、田河町は自治体として消滅。
地名
[編集]田河町では大字(深江・諸吉)を冠称した触・浦を行政区域とする[4]。
- 大字深江
- 大字諸吉
名所・旧跡
[編集]参考文献
[編集]脚注
[編集]- ^ 市町村変遷パラパラ地図 完全版 長崎県 1955年3月31日
- ^ 角川日本地名大辞典 42 長崎県「田河郷」
- ^ 角川日本地名大辞典 42 長崎県「田河村(近代)」
- ^ 芦辺町発足時に大字が廃止され、触・浦のみの表示となった。その際に芦辺浦を除く全ての触が改称している。
- ^ 芦辺町発足後、深江栄触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、深江鶴亀触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、深江東触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、深江平触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、深江本村触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、深江南触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、諸吉大石触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、諸吉仲触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、諸吉東触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、諸吉二亦触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、諸吉本村触に改称。
- ^ 芦辺町発足後、諸吉南触に改称。
- ^ 壱岐長者原化石層 長崎県の文化財