畠中尚志
表示
畠中 尚志(はたなか なおし、1899年10月4日- 1980年5月30日[1])は、日本の哲学者、翻訳家。主としてスピノザの翻訳で知られる。
経歴
[編集]宮城県出身。旧制第二高等学校在学中から様々な病魔に苦しみ、果てには脊椎カリエスにかかる[2]。東京帝国大学法学部中退後、福岡県で治療中の1928年ごろに『知性改善論』の翻訳を大学ノートに書き始め、3冊分たまったところで岩波書店に相談して出隆を紹介され、1931年に出版。印税の一部は右腎臓の摘出手術代として支払われた[3]。
妹婿が秋山六郎兵衛、娘はドイツ文学者・東北大学名誉教授の畠中美菜子[4]。
著作
[編集]翻訳
[編集]バールーフ・デ・スピノザ
[編集]- 『知性改善論』(スピノザ、岩波文庫) 1931、改版1968
- 『国家論』(スピノザ、岩波文庫) 1940、改版1980
- 『神学・政治論』上・下(スピノザ、岩波文庫) 1944
- 『エチカ 倫理学』上・下(スピノザ、岩波文庫) 1951、改版 1975、ワイド版 2006
- 『神・人間及び人間の幸福に関する短論文』(スピノザ、岩波文庫) 1955
- 『スピノザ往復書簡集』(岩波文庫) 1958
- 『デカルトの哲学原理』(スピノザ、岩波文庫) 1959
- 『思想の自由について』(スピノザ、理想社) 1967
脚注
[編集]- ^ 『著作権台帳』
- ^ 宮永孝 (2014). “日本におけるスピノザ”. 社会志林 61 (3): 214.
- ^ いけだ・みつほ. “スピノザの人生と作品【ポータル】”. navymule9.sakura.ne.jp. 2022年11月5日閲覧。
- ^ 『畠中尚志全文集』