真締川
真締川 | |
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宇部市南小串付近から下流方向 | |
水系 | 二級水系 真締川 |
種別 | 二級河川 |
延長 | 8.3 km |
流域面積 | 18.8 km2 |
水源 | 男山(宇部市) |
水源の標高 | 232 m |
河口・合流先 | 周防灘(宇部市) |
流域 | 日本 山口県 宇部市 |
真締川(まじめがわ)は、山口県宇部市を流れる二級水系の本流。
地理
[編集]山口県宇部市の男山(霜降山)に発し、未来湖(真締川ダム)を経て、戸石川などを合わせた後、宇部市の中心市街地を南下し周防灘へ注ぐ。
かつて真締川は「宇部本川」と呼ばれ、樋之口[注釈 1]でほぼ直角に西へ曲がり、犬尾[注釈 2]の海岸へと注いでいた。このため、周囲の湿地帯は水はけが悪く頻繁に河川の氾濫が発生し、有効的な土地利用が行われす荒地となっていた[1][2]。1791年(寛政3年)に宇部村の領主となった福原房純はこの問題を解消するべく、1797年(寛政9年)に「宇部本川」を改修し直線状の流路とする事業を計画し、工事に着手した[1][2]。工事には延べ約16,000人が携わり、翌1798年(寛政10年)に延長約1,030mにおよぶ新たな流路が完成した[1][2]。1801年(享和元年)、福原は改築により出来た新しい川を「新川」と命名し、同年4月10日には河川の守護と地域商業の発展を願って、左岸の市街地(現在の宇部市新天町)に「中津瀬神社」を建立した[2][3]。
明治以降、沖ノ山炭鉱をはじめとする炭鉱群(宇部炭鉱)で採炭がはじまり、河口付近に石炭積出港として宇部港が築港され、周辺地域の市街化が進んだ[1]。「新川」はしだいに地域名称となり、下流部両岸に新たに形成された市街地は、宇部村(現宇部市)の中心地であった「上宇部地区」に対して「新川地区」と称された[注釈 3]。一方、川の名前は「新川の間を占める」ことから「間占川(まじめがわ)」と呼ばれるようになり、これが転じて現在の名称である「真締川」となった[1]。
市街地部分は両岸に真締川公園が整備されており、1991年度(平成3年度)の都市景観100選に「真締川周辺地区」として選定された[4]。
2009年(平成21年)には、上流域の宇部市川上に治水ダムである「真締川ダム」が完成した。
支流
[編集]- 戸石川
- 塩田川
流域の自治体
[編集]- 山口県
- 宇部市
主な橋梁
[編集]上から順に上流方面から。()内は交差する道路及び鉄道路線。
- 石田橋(市道)
- 宇部大橋(市道)
- 樋之口橋(山口県道342号琴芝際波線)
- 宇部線橋梁(JR西日本宇部線)
- 寿橋(市道)
- 緑橋(市道、橋の西側は相生町商店街)
- 新川大橋(国道190号)
- 新川橋(かつては国道190号だったが、新川大橋完成に伴い歩行者専用道路となった。)
- 新錦橋(市道、橋の東側は新天町名店街)
- 錦橋(市道)
- 真締大橋(市道)