矢野由治
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名前 | ||||||
カタカナ | ヤノ ヨシハル | |||||
ラテン文字 | YANO Yoshiharu | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1969年5月18日(55歳) | |||||
出身地 | 長崎県長崎市 | |||||
身長 | 174cm | |||||
体重 | 65kg | |||||
利き足 | 右足 | |||||
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
矢野 由治(やの よしはる、1969年5月18日 - )は、長崎県長崎市出身のサッカー指導者。
来歴
[編集]1989年に早稲田大学へ進学。ア式蹴球部に所属し、3年時からは関塚隆の下でプレー。同大学大学院へ進学し、在学中からフィジカルコーチを務めるようになった[1]。大学院修了後にはブランメル仙台で指導。
1997年に東京ガスフットボールクラブ(後にFC東京)のフィジカルコーチに就任。10年間に渡って同クラブでの選手強化に尽力した。2007年限りで退任[2]。
2006年からは、反町康治監督の下でU-23日本代表のフィジカルコーチを務め[3]、北京オリンピックに参加した。
2009年、川崎フロンターレ監督の関塚に指名され[4]同クラブのフィジカルコーチに就任し[5]、2012年限りで退任[6]。2013年は、Kリーグクラシック・城南一和天馬のフィジカルコーチを1年間務めた。
2014年、8年ぶりにFC東京のフィジカルコーチに復帰[7]。同年、クラブはイタリア出身のコーチ陣を揃えたが、矢野は同国へのコーチ研修の経験から通訳を代行することもあった[8]。
2018年、ファジアーノ岡山FCのフィジカルコーチに就任。3年間務めた後、2021年1月15日に退任が発表された[9]。
2021年 U-24日本代表 フィジカルコーチに就任。[10]
所属クラブ・学歴
[編集]指導歴
[編集]- 1993年 - 1994年 早稲田大学ア式蹴球部 フィジカルコーチ
- 1995年 - 1996年 ブランメル仙台 フィジカルコーチ
- 1997年 - 1998年 東京ガスフットボールクラブ フィジカルコーチ
- 1999年 - 2006年 FC東京
- 1999年 - 2002年 フィジカルコーチ
- 2003年 強化部 ( SSラツィオ、 クルゼイロEC、 CAバンフィエルド、 CAサン・ロレンソ・デ・アルマグロで研修[2])
- 2004年 - 2006年 フィジカルコーチ
- 2006年7月[3] - 2008年 U-21/22/23サッカー日本代表 フィジカルコーチ (日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ) - 2006年は兼務
- 2009年 - 2012年 川崎フロンターレ フィジカルコーチ
- 2013年 城南一和天馬 フィジカルコーチ
- 2014年 - 2017年 FC東京 フィジカルコーチ
- 2018年 - 2020年 ファジアーノ岡山FC フィジカルコーチ
- 2021年 - U-24日本代表 フィジカルコーチ
脚注
[編集]- ^ F-スポット 2010 vol.06 川崎フロンターレ
- ^ a b c 大熊清、矢野由治 当クラブ退団について - ウェイバックマシン(2012年7月14日アーカイブ分) FC東京 (2007年1月18日)
- ^ a b 日本代表およびU-21日本代表のコーチングスタッフが内定 日本サッカー協会 (2006年7月21日)
- ^ 川崎Fフィジカルコーチは日本代表コンビ - ウェイバックマシン(2008年12月17日アーカイブ分) スポーツニッポン (2008年12月17日)
- ^ 矢野由治氏フィジカルコーチ就任のお知らせ 川崎フロンターレ (2009年1月17日)
- ^ 契約満了スタッフのお知らせ 川崎フロンターレ (2012年12月6日)
- ^ トップチームスタッフ新任のお知らせ FC東京 (2014年1月18日)
- ^ フィッカデンティ監督「良い方向に向かっている」 / FC東京週間練習リポート SOCCER KING (2014年2月25日)
- ^ 矢野由治フィジカルコーチ 退任のお知らせ ファジアーノ岡山FC (2021年1月15日)
- ^ 東京五輪世代のU24(24歳以下)日本代表には、フィジカルコーチとしてJ1のF東京などで指導した矢野由治氏(51)が加わる。 時事ドットコム (2021年1月21日)
- ^ 早稲田大学関係者 北京オリンピック役員・スタッフ (PDF) 早稲田大学競技スポーツセンター