石狩海浜ホテル
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石狩海浜ホテル | |
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ホテル概要 | |
設計 | 田上義也 |
所在地 |
〒061-3372 北海道石狩市弁天町 |
位置 | 北緯43度14分49.9秒 東経141度21分1.5秒 / 北緯43.247194度 東経141.350417度座標: 北緯43度14分49.9秒 東経141度21分1.5秒 / 北緯43.247194度 東経141.350417度 |
石狩海浜ホテル(いしかりかいひんホテル)は、かつて北海道石狩市で開業を予定されていたホテル。田上義也が設計した建物は、アール・デコ様式を取り入れた白い客船のようであり、直線的なフォルムが際立つものであった[1]。
しかし実際に宿泊客を迎えることがないままに焼失したため、現存しない。
歴史
[編集]1932年(昭和7年)6月、『北海タイムス』に「石狩の砂丘に大遊覧ホテル工費50万円で建設」という見出しの記事が掲載された[1]。能量寺の住職・飯尾円什が中心となって立ち上げた事業だったが、その実態は先に派手な計画を公表しておいて、それから投資家を集めようとする、見切り発車だった[1]。
建物は1935年(昭和10年)の暮れに上棟、1937年(昭和12年)5月に竣工したが、外装ができただけで内部造作に充てる予算はなかった[1]。
1942年(昭和17年)に北海道庁へと売却され、1944年(昭和19年)には健民修錬所へと転用される[1]。
1945年(昭和20年)7月15日、石狩がアメリカ軍の空襲に見舞われ、海浜ホテルは全焼した[2][3]。
その後、21世紀の初頭に至るまで、台風一過の朝などは、砂に埋もれたホテルの基礎が垣間見えることがあったという[3]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 鈴木トミエ 編『石狩百話 風が鳴る 河は流れる』共同出版社、1996年9月1日。ISBN 4-87739-009-X。
- 谷口雅春、露口啓二(写真)『札幌アートウォーク』北海道新聞社、2009年12月19日。ISBN 978-4-89453-531-2。