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磯村一路

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
いそむら いつみち
磯村 一路
生年月日 (1950-11-30) 1950年11月30日(74歳)
出生地 日本の旗日本 岐阜県
民族 大和民族
ジャンル 映画監督脚本家
活動期間 1979年 -
主な作品
あさってDANCE
がんばっていきまっしょい
解夏
受賞
芸術選奨
文部科学大臣新人賞
1998年がんばっていきまっしょい
日本映画プロフェッショナル大賞
監督賞
1998年『がんばっていきまっしょい』
日本映画批評家大賞
スターライト賞
1999年『がんばっていきまっしょい』
ヨコハマ映画祭
監督賞
1999年『がんばっていきまっしょい』
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磯村 一路(いそむら いつみち、1950年11月30日 - )は日本映画監督脚本家アルタミラピクチャーズ専務取締役。岐阜県出身。

来歴・人物

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岐阜県立岐阜高等学校早稲田大学第一文学部社会学専修卒業。

カメラマンを目指していたが大学卒業後はデザイン会社に勤務するかたわら、新宿のジャズ喫茶などで映画の上映会を主催[1]。その上映会のゲストで来ていた若松孝二監督に声をかけられ、ずっと興味があった映画に関わりたいと会社を退職してアルバイトをする[1]1977年から助監督として若松に師事[2]神代辰巳崔洋一高橋伴明監督らの作品にも携わる。

1979年、『レイプゾーン/犯しの履歴書』により監督デビュー。以後はピンク映画の監督と平行して助監督、製作主任を務める[3]1989年に、『ギャッピー ぼくらはこの夏ネクタイをする!』にて一般作品を初監督(1990年公開)。1993年桝井省志プロデューサー、周防正行監督らとともにアルタミラピクチャーズを設立。1996年の周防監督作品『Shall we ダンス?』では、イギリスロケのプロデューサーを担当している。

1998年の『がんばっていきまっしょい』は、主演の田中麗奈らに対するものも含め、その年の映画賞を複数受賞した。

インタビューでは「やはり僕から見ると女性というのは永遠に謎で、撮れば撮るほどわからないところが面白いんです」と話している[2][4]

主な作品

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映画

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監督

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脚本

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  • 『のぞき』(1983年
  • 『マゾヒスト』(1985年
  • 『シンデレラ・エクスタシー 黒い瞳の誘惑』(1988年
  • 弘兼憲史シネマ劇場『黄昏流星群』(2002年)

プロデューサー

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テレビドラマ

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Vシネマ

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  • 『大激突』(1993年)- 監督
  • 『闇金の帝王 銀と金2』(1994年)- 脚本・監督
  • 『特攻レディース 夜露死苦!』(1994年)- 脚本

受賞歴

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出典

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  1. ^ a b 『人気の職業早わかり! マスコミ・芸能・創作の仕事』(2011年、PHP研究所)56頁
  2. ^ a b 「TV Taro」2002年9月号
  3. ^ アルタミラピクチャーズ - 監督紹介
  4. ^ 私の中の見えない炎 磯村一路監督インタビュー