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稲田紀男

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稲田 紀男
生誕 (1950-03-21) 1950年3月21日(74歳)
新潟県
国籍 日本の旗 日本
出身校 兵庫県立伊丹高等学校
職業 企業家
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稲田 紀男(いなだ のりお、1950年3月21日[1] - )は、日本企業家。株式会社ブレーンセンター創業者社長編集長である。他にもシネ・ヌーヴォ取締役シネ・ピピア取締役テレビ大阪放送番組審議会副委員長、大阪国際メディア図書館(旧宝塚メディア図書館)理事、コミュニティシネマ大阪理事、朝日21関西スクエア会員を務める。

経歴

[編集]

1950年(昭和25年)3月21日新潟県生まれ。兵庫県で育つ。兵庫県立伊丹高等学校卒業[1]

1975年(昭和50年)10月に大阪市北区天満(旧町名:空心町)で、清水信夫(現「マイ奈良」編集長、株式会社ブレーンセンター取締役)と2人で、出版社としてブレーンセンターを立ち上げる[2][3]1977年(昭和52年)のタウン誌「マイ奈良」創刊を皮切りに出版事業と奈良町活性化運動を展開しつつ[4][5]、1980年代には、計220回、500名の講師(岡本太郎武満徹唐牛健太郎など)による公開対話セミナーや[6][7]、コンセプトを昭和の遺言書として、大阪府や経済界など各界と連携し、人間国宝らを招いた座談会「なにわ塾」講座のプロデュースと、その講演録を編纂した「なにわ塾叢書」(全83巻)の刊行を手がけるなど、起業まもなくして、「カネなしコネなし学歴なし」の状態で、社会への文化活動と、企業としての経済活動を両立し、文化プロデューサーとしてのスタイルを確立していった。[8][9][10][5]

1982年(昭和57年)、大島渚監督を委員長とした日本映画講座の開催を手がけ、日本映画の活性化の為の活動を始める。この講演録として1987年(昭和62年)に「日本映画を読む」を刊行[11][12]1983年(昭和58年)、司馬遼太郎梅棹忠夫小松左京木村重信などによる大阪府文化問題懇話会の提言・座談会をまとめた「地球時代の大阪文化」の刊行を手がける[13]。また、講座イベント出版を連携した事業展開を本格化していく中、文化や経済分野だけでなく、人権問題の分野についてもプロデュースする分野を広げていった。1984年(昭和59年)、各庁、団体と連携し、等身大の韓国朝鮮を知る人権の教科書「サラム草書」シリーズ(現在全28巻)の刊行を始める[14][15][16]。他にも、在日コリアンの人名字典、龍谷大学教授、大阪外国語大学外国人講師(刊行当時の経歴)の金東勲が監修した「韓国・朝鮮人名仮名表記字典」をプロデュースし刊行した[17]。「貴重な文化の遺伝子を残す。どこの出版社も出さないけれど、次の時代に残さなければならない本があるはず。20年、30年経ってもキラリと光る本を、自らの手で作り続けたい。」というスローガンをもって[5]、この時期(1980年代)に出版された書籍も、2016年(平成28年)も再版し続け書店に並び、サラム草書シリーズなどは、全国の教室、図書室など教育機関でも読まれ続けている[18][19][信頼性要検証]

同時期に、子どもたちの為の性教育の絵本「赤ちゃんバンザイ」シリーズの刊行の開始や[20][21][22][23]1986年(昭和61年)の若者文化をまとめた季刊「元気マガジン」を創刊、中島らもを招いてのシンポジウムなどを開催するなど、若者文化にもプロデュース活動をする分野を広げていった[24][25][26][27][28]1987年(昭和62年)には、国際花と緑の博覧会にパビリオン出展する「花博写真美術館」ビジュアルデータバンク開館にあたり企画に参加し、理事に就任する[29]

ブレーンセンター本社ビル「風の万華鏡」

1990年代からは、アートの分野にもプロデュース活動を広げていく。1990年(平成2年)、東松照明写真集「さくら・桜・サクラ」刊行に伴い、梅田ロフトでの作品展を皮切りに、全国巡回展の開催をプロデュース[30]。この頃に新宮晋との出会いがあり、1991年(平成3年)、新宮晋の日本国内では初の作品集となる「Shingu 自然のリズム」の刊行を手がけ、文化と経済の両立を象徴するシンボルを作る事をコンセプトに、新宮晋の綜合設計で、彫刻作品とビルが一体となったブレーンセンター本社ビル「風の万華鏡」(大阪市北区天満)を着工させた[10][5][31]1992年(平成4年)3月に写真専門のギャラリー「ブレーンセンターギャラリー」をオープンさせる。オープニング展には新宮晋写真展を開催(新宮晋初の写真展)[32][33][34]。同ビルは1992年(平成4年)4月に竣工し、2016年(平成28年)現在も同社の本社ビルとして機能している[35][36][37][38][39][40][10][5]

運営に参加しているシネ・ヌーヴォ

また、1997年(平成9年)からは、アート映画館「シネ・ヌーヴォ」(大阪市西区九条)の運営に参加、2000年(平成12年)、日本初の公設民営の映画館「シネ・ピピア」の設立・経営に参加、2003年(平成15年)、新宮晋の世界巡回展「ウィンドキャラバン」の報告書「Wind Caravan」の発行を手がけ、2004年(平成16年)、「コミュニティシネマ大阪」設立に参加したりするなど、アート分野でのプロデュース活動に加え、自らも他団体の経営に参加するなどして、文化活動と経済活動の両立を図っていった[41][10]

また同時期の1998年(平成11年)10月から、テレビ大阪放送番組審議会の委員を務め[42]2015年(平成27年)9月からはテレビ大阪放送番組審議会の副委員長に就任する[43]2008年(平成20年)には、「新なにわ塾」講座を、大阪府や4巻以降は各大学とも連携しながらプロデュースし、その講演録を編纂した「新なにわ塾叢書」(全7巻)の刊行を手がけ、官学民で関西の文化・学問・伝統の継承活動を図った。連携した各巻ごとの編著者は、1巻~3巻が、大阪府立文化情報センターと新なにわ塾叢書企画委員会(橋爪紳也江弘毅、栗本智代、音田昌子)。4巻~5巻が、大阪府立大学観光産業戦略研究所と関西大学大阪都市遺産研究センターと大阪府と新なにわ塾叢書企画委員会(橋爪紳也、薮田貫、音田昌子、江島芳孝)。6巻~7巻が、大阪府立大学観光産業戦略研究所と関西大学大阪都市遺産研究センターと大阪府と新なにわ塾叢書企画委員会(橋爪紳也、薮田貫、音田昌子、奥平薫)[44][45]

2009年(平成21年)以降も、出版のプロデュースは続け、後藤正治ノンフィクション全集「後藤正治ノンフィクション集」(全10巻)の刊行をはじめ[46]、太田順一写真集「父の日記」、福岡道雄エッセイ集「つくらない彫刻家」、新宮晋手書き本「ぼくの頭の中」、太田順一ノンフィクション「写真家 井上青龍の時代」などの刊行を手がけた。被爆から70年と震災から20年経つ2015年(平成27年)には、三田村陽写真集「hiroshima element」、太田順一写真集「無常の菅原商店街」の刊行を手がけている。[47]映画分野では、2014年(平成26年)3月11日、コミュニティシネマ大阪と大阪市とが連携し開催している「大阪アジアン映画祭」の第9回において、「新宮晋ドキュメンタリー映画、ブリージング・アース」(トーマス・リーデルスハイマー監督)を特別上映[48]2015年(平成27年)9月に、同映画をシネ・ヌーヴォで国内初の劇場公開を行った。[49][50][51]

脚注

[編集]
  1. ^ a b 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.282
  2. ^ 神戸新聞 (1986年10月4日). “文化欄 : 常識破りの組織と販売 100人のヤング軍団「ブレーンセンター」” 
  3. ^ (日本語)社長挨拶”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月15日閲覧。
  4. ^ 東洋経済編集部編『週刊東洋経済 5月号「ミニコミ誌ネットワーキング、連載17、『アクセスレポート』編集長 中井浩子」』東洋経済新報社、1985年5月。 
  5. ^ a b c d e 大阪人編集部編『大阪人 第62巻・6月号』大阪市都市工学情報センター、2008年6月。 
  6. ^ (日本語) 発行者人物情報”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月15日閲覧。
  7. ^ 朝日新聞社 朝日ジャーナル 編集部『週刊朝日ジャーナル「対談『唐牛健太郎』VS『藤本敏夫』」』朝日新聞社、1983年2月25日。 
  8. ^ 読売新聞 (1987年10月12日). “西日本の出版社は今34 : 本の「産直」手がけます。表現・伝達活動のコミューン。” 
  9. ^ 毎日新聞 (1980年5月21日). “人間国宝ら講師に” 
  10. ^ a b c d 新風書房 大阪春秋 編集部『大阪春秋 通巻128月号「巻頭対談『プガジャ』と『ブレーンセンター』─飯と魂の出版─』新風書房、2007年10月。 
  11. ^ 読売新聞 (1988年1月9日). “「日本映画講座」の講演記録 「魂のメッセージ」出版 戦後─戦前 名作の“裏話”収録” 
  12. ^ 関西新聞 (1985年11月6日). “「関西立志伝763」「カネなしコネなし学歴なし (株)ブレーンセンター代表取締役編集長 稲田紀男氏」” 
  13. ^ (日本語)発行者人物情報”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月15日閲覧。
  14. ^ 読売新聞 (1984年7月1日). “「本 本屋 本だな」「近くて遠い隣国学ぼう 朝鮮民族の副読本 教師の体験をもとに編集」” 
  15. ^ 朝日新聞 (1984年7月14日). “「点描」「庶民感覚で韓国紹介 副読本『サラム』」” 
  16. ^ 毎日新聞社 サンデー毎日 編集部『週刊サンデー毎日「BOOK街 『本名を呼び名のる』教育」』毎日新聞出版、1984年7月29日。 
  17. ^ 毎日新聞 (1984年11月26日). “「新刊の窓」「韓国・朝鮮人名仮名表記字典 金東勲監修」” 
  18. ^ (日本語)BCBOOK.com”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月16日閲覧。
  19. ^ (日本語)国際性 × ブレーンセンター”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月16日閲覧。
  20. ^ 毎日新聞 (1984年4月28日). “「八木亜夫の交談楽語:いい本出して悪書追放」” 
  21. ^ 朝日新聞 (1984年5月4日). “「悩みの性教育 最適の本2冊:ごまかさず楽しく学ぶ」” 
  22. ^ 読売新聞 (1984年5月18日). “「親子で読む性教育の絵本:動植物の生命を例に」” 
  23. ^ 読売新聞 (1986年9月7日). “「結婚や出産をやさしく解説 性教育の絵本出版」” 
  24. ^ 読売新聞 (1986年1月26日). “「本 本屋 本だな」「10代のホンネ満載 3月『元気マガジン』創刊」「燃える女性スタッフ」” 
  25. ^ 日本経済新聞 (1986年1月27日). “「窓」” 
  26. ^ 読売新聞 (1986年1月27日). “「いずみ」” 
  27. ^ 毎日新聞 (1986年1月27日). “「雑記帳」” 
  28. ^ (日本語)発行者人物情報”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月16日閲覧。
  29. ^ (日本語)発行者人物情報”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月16日閲覧。
  30. ^ (日本語)発行者人物情報”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月16日閲覧。
  31. ^ 新宮晋著『ぼくの頭の中 Inside My Thinking』ブレーンセンター、2013年10月。 
  32. ^ 朝日新聞 (1992年3月6日). “「一瞬たりとも同じ姿を留めない」” 
  33. ^ 毎日新聞 (1992年3月7日). “「八木亜夫の交談楽語 変わる自分の作を撮る」” 
  34. ^ 読売新聞 (1992年3月14日). “「美術『新宮晋写真展』 自作を通した風景の美」” 
  35. ^ 朝日新聞 (1992年4月11日). “「夜空にキラキラ『風の万華鏡』彫刻の新宮さん200点目を大阪に」” 
  36. ^ 産経新聞 (1992年4月12日). “「風の万華鏡 大阪に登場 ビル全体が『動く彫刻』」” 
  37. ^ 産経新聞 (1992年4月16日). “「建物になった造形作品 彫刻家・新宮晋が設計 風の万華鏡 “自然のリズム”見えるビルに」” 
  38. ^ 読売新聞 (1992年4月18日). “「無限の深さに揺曳感 空見下ろす『風の万華鏡』ビル」” 
  39. ^ 毎日新聞 (1992年4月30日). “「文化 批評と表現 都市の意匠 藤田治彦 都市宇宙への問い 新宮晋とエッシャー」” 
  40. ^ 週刊朝日編集部編『週刊朝日 4-24号「ARCHITECT EXPRESS 風が吹けば出版社が儲かる?新感覚モビール・ビル」』朝日新聞出版、1992年4月24日。 
  41. ^ (日本語)発行者人物情報”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月16日閲覧。
  42. ^ テレビ大阪社史編纂委員会編集『テレビ大阪25年のあゆみ』テレビ大阪、2007年5月。 
  43. ^ (日本語)番組審議会の報告”. テレビ大阪. 2016年9月16日閲覧。
  44. ^ (日本語)大阪府/新なにわ塾”. 大阪府. 2016年9月16日閲覧。
  45. ^ (日本語)新なにわ塾叢書(既刊7巻 2008~2015)”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月16日閲覧。
  46. ^ 毎日新聞 (2016年4月12日). “「芸術・文化 後藤正治 いい作品は確実に世に出る 「ノンフィクション集」全10巻完結」” 
  47. ^ (日本語)発行者人物情報”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月16日閲覧。
  48. ^ (日本語) 特集企画《東日本大震災から3年〜「メモリアル3.11」》”. 新宮晋. 2016年9月16日閲覧。
  49. ^ (日本語) ドキュメンタリー映画「ブリージング・アース:新宮 晋の夢」大阪ロードショー”. 新宮晋. 2016年9月16日閲覧。
  50. ^ (日本語) ブリージング・アース:新宮晋の夢”. シネ・ヌーヴォ. 2016年9月16日閲覧。
  51. ^ (日本語) Susumu Shingu × Cinenouveau”. 株式会社ブレーンセンター. 2016年9月16日閲覧。

外部リンク

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