コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

竹下儀造

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

竹下 儀造(たけした ぎぞう、1877年明治10年)10月[1] - 没年不明)は、日本醸造家[注 1]、政治家、島根県多額納税者[1][3]。政治家竹下登(元首相)は孫。漫画家影木栄貴、ミュージシャンDAIGOなどは玄孫にあたる。

経歴

[編集]

島根県飯石郡掛合村(現・雲南市掛合町)出身。竹下荘太郎の三男[1]。のちに先代竹下儀造の養子となり1905年家督を相続した[1]工業を営み、島根県多額納税者に列する[1]。掛合村農会会長、村会議員を務めた[4]

人物

[編集]

竹下儀造について、『商工資産信用録 第23回』には「職業・酒造、調査年月・1921年3月、正身身代・Q、信用程度・B」とある[5]

貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有した[6]。住所は島根県飯石郡掛合村[1](現・雲南市掛合町)。

家族・親族

[編集]
竹下家

初代彦右衛門は元禄年間(1688年 - 1704年)に飯石郡東須佐村字宮内(のち飯石郡須佐村、簸川郡佐田町、現・出雲市佐田町須佐)より来た[7]庄屋を勤め傍ら紺屋を始めた[7]。吉田村田部家より酒の取次をなし、販売した[7]。6代目理八が、日本酒の醸造業を始めた[注 2]。9代目儀造は酒造を本業とした[7]。屋号は「宮中屋」と称した[7]

親戚

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 銘酒「出雲大衆」醸造発売元である[2]
  2. ^ 創業者は、竹下本店の公式サイトによると「6代目理八」であるが、『掛合村誌』によると「7代目荘太郎」である[7]

出典

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 『人事興信録 第8版』タ181頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年7月1日閲覧。
  2. ^ 『帝国商工信用録 昭和13年度版 広島県、岡山県、山口県、島根県、鳥取県』島根県8頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年1月4日閲覧。
  3. ^ 『日本紳士録 第35版附録』附録 全国多額納税者 島根県57頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年8月12日閲覧。
  4. ^ 『掛合村誌』33頁、126頁。
  5. ^ 『商工資産信用録 第23回』島根県た之部203頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年5月15日閲覧。
  6. ^ 『貴族院多額納税者名鑑』440頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年6月20日閲覧。
  7. ^ a b c d e f 『掛合村誌』220頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年7月1日閲覧。

参考文献

[編集]
  • 商業興信所編『商工資産信用録 第23回』商業興信所、1921 - 1926年。
  • 白築祐久編『掛合村誌』掛合村、1926年。
  • 織田正誠編『貴族院多額納税者名鑑』太洋堂出版部、1926年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第35版附録』交詢社、1931年。
  • 帝国商工会編『帝国商工信用録 昭和13年度版 広島県、岡山県、山口県、島根県、鳥取県』帝国商工会、1938年。