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紀有文

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

紀 有文(きの ありふみ、生年不明 - 文化14年8月13日1817年9月23日〉)とは、江戸時代武士狂歌師画家

来歴

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尾張藩藩士で本姓は寺沢、名は九左衛門。尾張国名古屋伊勢町に住む。狂歌師名は初め紀安丸、のちに有文。ほかに白観堂、松寿園、葎庵と号す。狂歌師としては天明の頃より作が知られる。また絵も描き春甫と号したが、画系については明らかではない。 狂歌本の挿絵を牧墨僊らとともに描いている。墓所は名古屋市東区妙泉寺、法号は本覚院縁起日寿居士。墓石には「山の端に いるをしたへば 我かげの 名ごりも今や 月に消ゆく」という辞世の歌を記す。

作品

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  • 『狂歌ねかひのいと』 絵入狂歌本 ※寛政12年(1800年)刊行
  • 狂歌弄花集』 絵入狂歌本 ※文化14年刊行。蘆辺田鶴丸撰、墨僊らと共画

参考文献

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  • 井上和雄編 『浮世絵師伝』 渡辺版画店、1931年 ※国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり[1]
  • 富田新之助 「尾張狂歌人墓(八) 紀有文夫妻之墓」 『掃苔』第十二巻第一号 東京名墓顕彰会、1943年