菅野伝右衛門 (6代)
表示
6代 菅野 伝右衛門(すがの でんえもん、1859年(安政6年3月[1]) - 1900年(明治33年)10月10日[1])は、明治時代の政治家、銀行家、実業家。貴族院多額納税者議員。本名は友次郎[2]。
経歴
[編集]のちの富山県高岡市木舟町に生まれる[2]。1889年(明治22年)高岡銀行設立[2]。1893年(明治26年)には高岡紡績を創立した[2]。さらに翌年、高岡経済会を組織し、1896年(明治29年)高岡商業会議所初代会頭に就任した[2]。ほか、高岡市参事会員、同学務委員、富山県会議員などを歴任した[1]。
1897年(明治30年)には富山県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[3]から1900年(明治33年)3月19日[4]まで在任した[1]。その後、富山地方裁判所管内破産管財人となったが間もなく病没した[5]。
親族
[編集]- 長男 菅野伝右衛門 (7代)(衆議院議員)[6]
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 東洋新報社編『大正人名辞典 第3版』東洋新報社、1917年。
- 大植四郎 編『国民過去帳 明治之巻』尚古房、1935年 。
- 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第1』大蔵省印刷局、1960年 。
- 竹内理三ほか 編纂『富山県姓氏家系大辞典』角川日本姓氏歴史人物大辞典16、角川書店、1992年。ISBN 4040021606。