萌えアニメ
萌えアニメ(もえアニメ)は、アニメのジャンルの一つであり[1]、ストーリーよりもキャラクターを重視し、個性の異なる複数のキャラクターたちの魅力で作品を牽引し[2]、視聴者の萌えを刺激するようなアニメを指す。
かわいらしい女性キャラクターが登場するなど[3]、「萌え」を刺激されるアニメ全般を指す。ただし、「萌え」という語の定義は千差万別であり[4]、この用語の意味するところは使用者の主観に依拠している。よって、この用語の定義は極めて曖昧である[3]。
概要
[編集]「萌えアニメ」はアニメの類型の一つである。2004年7月には「もはや1ジャンルとして確立したといえる」と紹介された[1] ほか、2005年頃には深夜帯での萌えアニメの増加が実感されるようになった[5]。2009年時点では、関東圏で放送されている深夜アニメの半数以上は萌えアニメで占められた[6]。
「萌え」は主として微細な要素に求められることが多く、制作の側からは、そうした点を守らなければならないという点で縛りのあるジャンルであるとも言われる[6]。具体的には登場人物の容姿(アホ毛といった外見特徴や[7]、キャラクターデザインが萌え絵の範疇に入るなど)や、仕草や性格などの設定[6] であったり、キャラクター同士の人間関係といったことが重視される。萌えアニメではこのような設定から外れた自由な描写が忌避される半面[6]、魅力的なキャラクターデザインと特定の属性描写などを多発するエピソードが重視され、物語のバランスやリアリティなどはあまり重要視されないこともある。ストーリー性の薄さをキャラクターの魅力で十分に補えている作品が高く評価される一方、売れ筋の萌え要素を寄せ集めただけのような作品が数多く作られてはすぐに忘れ去られていくという状況もある[2]。実のところ萌えアニメはマーケティングの方法論が通用しにくく、仕掛け人が広告戦略やブランドイメージで流行を生み出そうとしても成功しないことが多いとされる[8]。
表現の傾向
[編集]「萌え」というスラングが指し示す対象は幅広く、架空の人物やアイドルに対してのみならず、「工場萌え」のように人間の姿をしていないものに対して用いられることもある[9]。もっとも、「萌え」というスラングが用いられ始めた当初は、主に美少女キャラクターに対する表現であり[10]、「萌えアニメ」とは、おおむね魅力的な女性キャラクターが大勢登場する作品の形容に用いられる[2]。全く女性キャラクターが登場しない作品が「逆萌えアニメ」などと形容された例もある[11]。一方で美少女キャラクターを物語の中心に据えているにもかかわらず「萌えアニメではない」とされる作品もあり[注釈 1]、また女児向けの作品は、大勢の女性キャラクターが活躍する作品であっても「萌えアニメ」に含めるか否かで判断が分かれる[3]。
「萌え」には軽い性的な要素が含まれることがあり[13][14]、「萌えアニメ」が、「美少女やおっぱいがたくさん出てくるアニメ」というイメージで語られることもある[15]。深夜帯の萌えアニメではしばしば海水浴や温泉を題材にしたエピソードや、コマ送りしなければ確認できないようなパンチラ、性的なハプニングをほのめかす演出など、時にはテレビの放送コードに迫ることもある性的描写が用いられ、その辺りまでが「萌え」描写の範疇であるとされる[14]。
一方、エロティックな描写は必ずしも萌えの必要要素ではないとし、逆に過剰すぎる性的描写は「萌え」ではないものと見なしたり、「萌エロ」などと呼ばれて区別する意見もある[14]。深夜アニメの中にはあざとい性描写のために規制にかけられる作品もあるが[注釈 2]、このようにテレビアニメとして放送できないようなものは「エロ」「萌エロ」に分類される[14]。一方で、エロと萌えは同一視されることもあるため、女性キャラクターの可愛らしさを売りにしつつもエロティックな要素がほとんど見られない作品を「萌えアニメ」と位置づけるかどうかは、使用者によって意見が分かれることもある[注釈 3]。
萌えアニメ前史
[編集]萌えアニメの根源
[編集]美少女を題材にした作品はアニメに限らず、映画や演劇といった分野にも古くから普遍的に存在する[19]。男性が女性を求めるのは原理的なものであり、「萌えアニメ」の隆盛によってそれが顕著にはなっているものの、こうした作品は「萌え」や「おたく」という俗語が誕生する以前から作られており珍しいものではなかった[19]。例えば1958年に公開された『白蛇伝』は、日本では初となるカラー長編のアニメ映画であるが、精神科医の斎藤環は、この作品に既に観客を惹きつけるセクシャリティの表現が含まれていたことを指摘している[20]。後に数々のアニメ映画を手がけることになる宮崎駿は、公開当時に『白蛇伝』を鑑賞し、同作に対して愛憎半ばする感情を抱くことになるが[注釈 4]、斎藤はこうした感情を、アニメキャラクターに対する「萌え」であると分析している[23]。
1980年代
[編集]アニメなどの娯楽に熱中する人物を「おたく」と呼ぶようになったのは1980年代半ば頃といわれる[24][注釈 5]。魔法少女アニメは代表的な少女向けのアニメジャンルだが[26]、1982年の『魔法のプリンセス ミンキーモモ』や1983年の『魔法の天使クリィミーマミ』は成人男性にも好評を博し[27][注釈 6]、この頃から「アニメの美少女キャラクターにのめり込むおたく」の存在が認知されはじめる[27]。1980年代には家庭用ビデオデッキの普及に伴うOVAのブームがあり、映像ソフトを購入してアニメを見るようなマニア層に向けて、露出度の高いコスチュームをまとった美少女キャラクターが活躍するアニメ作品が多く作られ、OVAブームの初期を牽引した[31]。
1990年代
[編集]「萌え」という言葉の由来や発祥時期には諸説があるが[注釈 7]、1990年前後から使われ始めたともいわれる[10][25]。1992年に放送が開始された、武内直子の漫画を原作とする女児向けテレビアニメ『美少女戦士セーラームーン』シリーズは、放送当時の少女だけではなく男性のアニメファンたちを魅了した[27][32]。「萌え」の語源を巡る諸説の中には、『セーラームーン』第3期(1994年)の登場人物である土萠ほたるの名前を由来とする説もあり[33][34]、土萠ほたるの儚げな印象や不幸な境遇、および健気さは「萌え」の対象にもなった[35]。
1990年のテレビアニメ『ふしぎの海のナディア』を、「萌えアニメ」という言葉が定着する以前に放送された、そうした作品のルーツの一つに挙げる意見もある[36]。同作を手がけたのは、かつてOVAブームで成功を収めたガイナックスで[31]、後に彼らは1995年のテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を手がけることになる[36]。ヒット作となった『エヴァンゲリオン』は少年少女が過酷な戦いに身を置くシリアスな作風の作品であったが、登場人物の人気から萌えブームを決定づけることにもなり、同作に影響されて「萌え」を意識したアニメが数多く作られた[34]。
2000年代
[編集]『エヴァンゲリオン』以降の「萌え」を意識した作品は、当初はマニアックな視聴者層を意識したものが中心であったが、1999年頃になると粗製乱造の反動で敬遠されるようになる[34]。その一方でこうした作品群がきっかけになり、今度はライトなアニメファンを対象にした「萌え」作品が人気を得ていったといわれる[34]。2001年の深夜アニメ『シスター♥プリンセス』はギャルゲー専門誌『電撃G's magazine』の読者参加型ゲームを原案とする作品だが、その「男性の主人公が12人の妹たちに囲まれて過ごす」という内容はアニメ関係者にも動揺を与え、同作のような作品が主流になっていくのではないかと予感させるものであった[19]。ただし2001年時点では「萌えもの」のアニメはジャンルとしてはまだ確立していなかったともいわれ[37]、2002年の『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』などをその後に続く「萌えアニメ」のはしりとして挙げる意見もある[38]。いずれにせよ、1999年から2002年にかけては萌え産業に関わる企業であるブロッコリーが業績を3倍に伸ばしており、この頃に萌え産業が新たな局面に入ったことを示している[34]。
ゆるい雰囲気の萌えアニメの広まりは深夜アニメの隆盛とも無関係ではなく、仕事で疲労して帰宅した大人が深夜にアニメを見るとき、堅苦しくない作品を求めるのではないかという意見もある[19]。
萌えアニメ史
[編集]2000年代
[編集]2000年代後半からは『らき☆すた』、『けいおん!』などの女性キャラクターが中心のアニメが登場した。
2010年代
[編集]萌えを意識した『まんがタイムきらら』系のマンガがアニメ化され、2013年の『きんいろモザイク』、2014年の『ご注文はうさぎですか?』などに代表されるように萌えを意識したアニメが増加した。
さらに、この頃からBS11やBSフジが深夜アニメ全般の放送や製作委員会への参加にも積極的となったことにより、地上波に代わってBSで萌えアニメの放送も増加するようになった(作品によっては、CSのAT-Xで先行して放送されることもある)。
経済効果
[編集]2005年頃には萌えアニメの急激な増加やその経済効果が話題になった[5]。同年、浜銀総合研究所は萌えアニメの市場規模を155億円、萌え系のゲームやコミックも併せた萌え関連産業の市場を888億円と算出して反響を呼んだ[3]。この調査における萌え作品とは、研究員が主観に頼りつつも「愛らしくて可愛いキャラがいる」「子供向け作品ではない」といった基準で選びだしたもので、グッズや同人誌などは集計に入っていない[3]。
また、萌えアニメの舞台のモデルとなった実在の土地がファンによるロケ地巡り(いわゆる聖地巡礼)の対象となったり、地域おこしの題材の題材となったりするなど(萌えおこし)、地域振興と結びついた例もある[39]。
こうした萌えアニメを含む萌え産業の背景には、元は子供向けに作られていたアニメやゲーム、漫画の市場が少子化によって縮小する一方、未婚人口の増加によって趣味に私費を費やすことができる人が増加していることがあるとされる[3]。
その一方でアニメ映画監督の押井守は「僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで『表現』の体をなしていない」と「『萌え』が流行すればそうした作品ばかりになり、制作者には新たな創造性や、作品を通じて訴える思想的なものが欠如し、アニメが空洞化している」と、批判している[40]。
萌えアニメ専門誌
[編集]1999年に創刊された学研パブリッシングの雑誌『メガミマガジン』は萌えアニメを中心に扱っており、この分野では長い歴史を持つ[41]。2009年に創刊された角川書店の『娘TYPE』も萌え系の作品を中心に扱っている[41][42]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 例えば神坂一のライトノベルを原作とするテレビアニメ『スレイヤーズ』シリーズは、主人公自身が作中で「天才美少女魔道士」を自称しているという設定で、登場人物の半数が女性であるが[12]、テレビアニメ版を手がけたスタッフは本作を「萌えアニメではない」としている[6]。アニメやゲームの萌えキャラクターを特集した1999年の書籍では同作を、かわいらしさや美しさよりも愉快という印象の人物が中心であるとして、「萌え要素は少ない」というただし書きの元で紹介している[12]。
- ^ 例えば描写が過激すぎるとしてインターネットでの配信が中止になった『かのこん』や[16]、地域によって規制度合いが違っていた『もえたん』や『一騎当千』などのアニメは、ビデオソフト化の際には修正の施されない本来の姿での作品を見ることができる。
- ^ 例えば、かきふらいの漫画を原作とするテレビアニメ『けいおん!』には、「かわいいキャラクターの魅力が作品の主題であるのだから、萌えアニメである」とする見解と[2]、「かわいくてもエロティックではないのだから、萌え要素はない」とする見解がある[17][18]。
- ^ 宮崎駿は『白蛇伝』を鑑賞した当時、スクリーン上のヒロインに対して擬似的な恋愛感情を抱いたことを原体験として述懐しつつも、作品自体は駄作であると評している[21]。斎藤環はこうした複雑な思い入れが、後に宮崎が手がけた数々の作品に影響を落としていると論じている[22]。
- ^ 以前からSF大会やアニメサークルなどで二人称として使われていたものを、1983年に中森明夫がはじめて雑誌連載で取り上げたといわれる[25]。詳細は「おたく」を参照。
- ^ 『魔法の天使クリィミーマミ』はOVAシリーズも作られ、また『魔女っ子クラブ4人組 A空間からのエイリアンX』のような成人男性向けのスピンアウト作品も作られた[28]。一方で、『魔法のプリンセスミンキーモモ』は、最初からロリコン志向を持ったおたくを視聴者層として想定していたといわれることもあるが[29]、『ミンキーモモ』の脚本を担当した首藤剛志は生前にこれを否定しており、同作が「ロリコン向け」とみなされることに対して強い不快感を示していた[30]。
- ^ 詳細は「萌え#「萌え」の成立・普及」を参照。
出典
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参考文献
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- 榎本秋 編『オタクのことが面白いほどわかる本』(第1刷)中経出版、2009年6月5日。ISBN 978-4-8061-3358-2。
- 「特集! 魔法少女クロニクル」『オトナアニメ』 vol.20、洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年5月9日、40-87頁。ISBN 978-4-86248-711-7。