血清アミロイドA
血清アミロイドA(けっせいアミロイドエイ、血清アミロイドA蛋白、(英語: Serum amyloid A、SAA))は急性相蛋白の一つであり、医療においては炎症マーカーとして用いられる。また、慢性炎症性疾患においては、SAAに由来するアミロイドA蛋白(AA蛋白)が組織に沈着してアミロイドーシスをきたす場合がある。[1][2][3]
血清アミロイドA蛋白
[編集]血清アミロイドA(SAA)は小さな蛋白(104ないし112アミノ酸残基)であり、水には溶けにくく、血中では殆どがHDL(高比重リポタンパク)を構成するアポリポタンパクとして存在している。SAAは主に肝臓で産生される。[1][2][3]
- アイソフォーム
SAAには複数のアイソフォームがある。ヒトでは104アミノ酸残基からなるSAA1、SAA2、と、112アミノ酸残基からなるSAA4が知られている(SAA3は機能しない偽遺伝子と考えられている)。 SAA1、SAA2は急性相蛋白であり、炎症に伴い肝臓での産生が急増するが、増加の大部分はSSA1である。また、慢性炎症に続発するAAアミロイドーシスで沈着するアミロイドのほとんどはSAA1由来である。 SAA4はHDLのアポリポタンパクとして恒常的に産生されており、炎症がない状態での血中SAAの大部分はSAA4であると考えられている。 [1][2][3][4]
- 生理的機能
SAAは脊椎動物に広く認められ、また、そのアミノ酸配列は高度に保存されていることから、生理的に重要な機能を担っていると考えられているが、 その詳細は十分解明されていない。炎症反応や免疫の制御、脂質代謝への関与、などが指摘されている[2][3][5]。
炎症マーカーとしての血清アミロイドA
[編集]血清アミロイドA(SAA)は急性相蛋白の一つであり、炎症等の際の濃度変化が大きいことで知られている。感染・組織障害などの侵襲に際しては、IL-6などの炎症性サイトカインにより肝臓でのSAA合成が亢進して著しい血中濃度の増加がみられ、24時間以内に1000倍にも達しうる。逆に、炎症が消退すると血中SAA濃度も速やかに低下する。この性質を利用して、SAAは炎症の有無や炎症の経過の観察に用いられている。
なお、SAAには疾患特異性はなく、特定の疾患の診断の補助に用いられることはない。[6][3][※ 1]
基準値
[編集]炎症マーカーとして検査で測定されるのは、SSA1とSSA2をあわせた濃度である。 基準値(炎症の有無を判定するカットオフ値)は施設や検査試薬により異なるが、8 μg/mL以下[7][1][6]、ないし、3 mg/L(μg/mL)以下[8][9]がよく用いられる。 なお、健常人の基礎値はSAA遺伝子の多型により差がある[1]。
CRPとSAAの差
[編集]CRP(C反応性蛋白)[※ 2]も、SAAと同様に炎症に伴い血中濃度が速やかに大きく変動する急性相蛋白であり、炎症マーカーとして臨床検査で広く用いられている。しかし、CRPは、ウイルス感染(特に急性期)、膠原病(SLEなど)、副腎皮質ステロイド剤投与中、などの病態においてはあまり上昇しないことがある。SAAはこのような場合も鋭敏に上昇するのが特長である。[6][7][※ 3]
獣医学領域
[編集]猫においてはCRPは炎症時にあまり上昇しないため、炎症マーカーとしてはSAAがもちいられる[10][11]。
アミロイドーシスと血清アミロイドA
[編集]アミロイドーシスとはアミロイドと呼ばれる異常な蛋白が組織に沈着して機能障害を引き起こす病態である。血中にアミロイドの前駆物質が存在して複数の臓器が傷害されるものを全身性アミロイドーシスという[※ 4][12]。 血清アミロイドA(SAA)は、慢性炎症に続発する全身性アミロイドーシスのアミロイドの前駆体として最初に発見、命名された。[7][3]
慢性炎症性疾患では、SAAが継続的に大量に産生されており、SAAの分解産物であるアミロイドA蛋白(AA)が線維化し組織に沈着して臓器障害をおこすことがある[※ 5]。 これはAAアミロイドーシスと呼ばれ、続発性アミロイドーシス[※ 6]ともいう。 症状としては、腎臓へのアミロイド沈着による蛋白尿や腎不全、および、消化管への沈着による下痢や吸収不良がよくみられる。[12][4]
AAアミロイドーシス発症にはSAAの慢性高値が必須であるが、発症にはさらにSAAの遺伝子多型や人種差なども関与するとされる[4][※ 7][13]。 日本におけるAAアミロイドーシスの原因疾患としては慢性関節リウマチが90 %以上を占める。 また、慢性関節リウマチ患者の6 %程度に、無症状のものも含め、AAアミロイドーシスが合併するとされる。 リウマチ性疾患以外のAAアミロイドーシスの原因としては、クローン病などの炎症性腸疾患、家族性地中海熱などの自己炎症症候群、結核などの慢性感染症、などがあげられる。[12]
AAアミロイドーシスの治療は、基本的に、基礎疾患の治療により炎症を改善しSAAの産生を抑制することであるが、近年は抗サイトカイン療法(IL6阻害薬)によるSAA産生抑制なども研究されている。[12][3][13][4]
なお、AAアミロイドーシスはヒト以外の動物でもひろくみられる。動物では実験的にAAアミロイドを投与することにより種を超えて伝播しうることが示唆されているが、ヒトにおける伝播については不明である[14][13]。
脚注
[編集]- ^ AAアミロイドーシスではその原因であるSAAの現在または過去の高値がみられる。しかし、SAAは疾患特異性がなく、血中SAA濃度高値からAAアミロイドーシスを診断することはできない。AAアミロイドーシスの確定診断には、胃十二指腸粘膜などを生検してアミロイドA蛋白の沈着を組織学的に証明する必要がある。
- ^ CRP(C反応性蛋白)は肺炎球菌のC多糖体に特異的に結合する物質として発見された。細菌に対する自然免疫に関与していると考えられている。
- ^ SAAとCRP以外に炎症マーカーとして用いられる検査としては、赤血球沈降速度(赤沈、血沈、ESR)がある。赤沈は炎症に伴いフィブリノーゲンや免疫グロブリンが増加することにより静置した赤血球の沈降速度が速くなることを応用した検査である。赤沈は、CRPやSAAと比較して炎症発症後の変化が遅く、貧血など炎症以外の因子の影響を受けるため、近年は実施されることが少ない。
- ^ 全身性アミロイドーシスに対し、皮膚、脳(アルツハイマー病など)、など、特定の臓器内で産生された蛋白が局所に沈着するものを限局性アミロイドーシスという。
- ^ アミロイドA蛋白(AA)はSAAのN端側の約3分の2に相当し、主にSAA1が細胞内で分解されて生成する。
- ^ 広義の続発性アミロイドーシスにはAAアミロイドーシス以外にAβ2Mアミロイドーシスを含めることもある。これは、β2-ミクログロブリン沈着によるものであり、長期透析患者でみられる。
- ^ 日本人では、SAA1の対立遺伝子であるSSA1.1、SSA1.3、SSA1.5のうち、SAA1.3がAAアミロイドーシスを発症しやすく、SAA1.1は発症しにくい。一方、コーカソイドではSAA1.1がAAアミロイドーシス発症のリスクが高い。
出典
[編集]- ^ a b c d e 櫻林郁之介 編『今日の臨床検査2021-2022』南江堂、2021年5月15日、301頁。ISBN 978-4-524-22803-4。
- ^ a b c d Webb, Nancy R. (2021-01-15). “High-Density Lipoproteins and Serum Amyloid A (SAA)”. Current Atherosclerosis Reports 23 (2): 7. doi:10.1007/s11883-020-00901-4. ISSN 1534-6242 2024年2月11日閲覧。.
- ^ a b c d e f g Sack, George H. (2018-08-30). “Serum amyloid A – a review”. Molecular Medicine 24: 46. doi:10.1186/s10020-018-0047-0. ISSN 1076-1551. PMC PMC6117975. PMID 30165816 2024年2月7日閲覧。.
- ^ a b c d Real de Asúa, Diego; Costa, Ramón; Galván, Jose María; Filigheddu, María Teresa; Trujillo, Davinia; Cadiñanos, Julen (2014-10-29). “Systemic AA amyloidosis: epidemiology, diagnosis, and management”. Clinical Epidemiology 6: 369–377. doi:10.2147/CLEP.S39981. ISSN 1179-1349. PMC PMC4218891. PMID 25378951 2024年2月11日閲覧。.
- ^ Uhlar, Clarissa M.; Whitehead, Alexander S. (1999). “Serum amyloid A, the major vertebrate acute-phase reactant”. European Journal of Biochemistry 265 (2): 501–523. ISSN 1432-1033 2024年2月8日閲覧。.
- ^ a b c 佐々木毅, 塚本さなえ (1998). “1.赤沈, C反応性蛋白,血清アミロイドa”. 日本内科学会雑誌 87 (12): 2390–2395. doi:10.2169/naika.87.2390.
- ^ a b c 高久史麿 編『臨床検査データブック2023-2024』医学書院、2023年1月15日、649-652頁。ISBN 978-4-260-05009-8。
- ^ “アミロイドA蛋白キット LZテスト栄研hSAA (試薬添付文書)”. 医薬品医療機器総合機構 体外診断用医薬品. 2024年2月11日閲覧。
- ^ “基準値変更のおしらせ”. 株式会社エスアールエル. 2024年2月11日閲覧。
- ^ 桃井康行 (2022). “獣医療での検査の現状や今後のあり方”. モダンメディア 68: 277-281 .
- ^ Rosa, Rita Mourão; Mestrinho, Lisa Alexandra Pereira (2019). “Acute phase proteins in cats”. Ciência Rural 49 (4): –20180790. doi:10.1590/0103-8478cr20180790 2024年2月8日閲覧。.
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- ^ a b c 中村正, 安東由喜雄 (2013). “アミロイドーシスの研究展開と臨床医学への還元”. 臨床リウマチ 21: 81-83. doi:10.14961/cra.25.81 .
- ^ 樋口京一 (2016). “アミロイドーシス伝播の動物モデル”. 神経感染症 21: 80-87 .