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西沢一鳳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

西沢 一鳳(にしざわ いっぽう、旧字体:西澤享和2年(1802年) - 嘉永5年12月2日1853年1月11日))は、江戸時代後期の歌舞伎狂言作者、考証家。名は利助(りすけ)、のち九左衛門(きゅうざえもん)。屋号に正本屋(しょうほんや)、別号に李叟(りそう)、堂号に綺語堂(きごどう)、軒号に世代軒(せだいけん)、庵号に秋倉庵(しゅうそうあん)・秋声庵(しゅうせいあん)、俳名に蒼々滄々(そうそう)などがある。

浮世草子作者・浄瑠璃作者の西沢一風(1665-1731)の曾孫[1]大坂に生まれ、家業の正本(歌舞伎脚本)屋と貸本屋を心斎橋南四丁目で営みながら俳諧を好み、歌舞伎狂言を執筆[2]。大坂劇壇での活動の後に江戸に移って活動を続けた。歌舞伎狂言の台本を数多く著したほか、人形浄瑠璃や歌舞伎の考証にも業績があり、さらに紀行文随筆なども多く遺している。下寺町の大蓮寺に眠る[2]

歌舞伎

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  • 狂言
    • 『源平魁躑躅』(げんぺい さきがけ つつじ)通称「扇屋熊谷」
    • 『けいせい雪月花』(けいせい せつげっか)
    • 『花魁莟八総』(はなのあに つぼみの やつぶさ)
    • 『紅色桔梗女団七』(べにききょう おんな だんしち)
  • 舞踊劇

著作

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  • 『皇都午睡』(みやこの ひるね) 嘉永3年 (1850) 上梓 - 江戸見聞録。江戸や道中諸国の文化風俗を京・大阪と比べて論じたもの
  • 『伝奇作書』(でんき さくしょ) 天保14年 (1843) 初稿、嘉永4年 (1851) 上梓 - 歌舞伎や浄瑠璃の作者の伝記、狂言の筋書、評釈、実説考証、作劇方法や役者の逸話、古書の写しなどをまとめたもの[3]
  • 『脚色余録』
  • 『讃仏乗』
  • 『綺語文草』
  • 『有馬旅行紀行』

脚注

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参考文献

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  • 早稲田大学演劇博物館 日亜・日欧比較演劇総合研究プロジェクトのウェブサイト
  • 西沢一鳳貼込帖

外部リンク

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