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親泊興照 (2代目)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2代目親泊 興照(おやどまり こうしょう、本名: 嶋袋 久玄(しまぶくろ きゅうげん)・幼名: (ひさし)、1939年 - )は、沖縄県名護市に拠点を据えて活動する組踊立方、琉球舞踊家

親泊本流親扇会(おやどまりほんりゅうしんせんかい)の2代目家元

伝統組踊保存会及び琉球舞踊保存会の構成員として、国の重要無形文化財「組踊」および「琉球舞踊」の保持者(総合認定)。

生い立ち

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嶋袋慶信(しまぶくろ けいしん)・ツル夫妻の次男として、名護市に生まれる。

祖父の嶋袋牛次郎は、琉球王国時代の首里士族の家に生まれた。琉球王国が廃藩置県によって解体されて沖縄県となった後に、那覇市首里から名護市に移住した。

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幼いころから名護市城の豊年祭を見て育つ。組踊と琉球舞踊を初代 親泊興照に師事、組踊を真境名由康(まじきな ゆうこう)に師事。運動神経に恵まれ、舞踊の型が際立って美しい。唱えに秀で、現代組踊のなかで最も卓越した「吟」の使い手である。

国立劇場おきなわのホームページには、持ち芸とする組踊「二童敵討」の阿麻和利を務める2代目興照の舞台写真が掲載されている。すなわち、現代沖縄の組踊を代表する立方のひとりである[1]

沖縄藝能史研究会会員、伝統組踊保存会常任理事、沖縄芸能連盟常任理事および琉球新報古典芸能コンクール審査員を務める。

経歴

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  • 1962年 - 初代 親泊興照に師事。
  • 1981年 - 「初代 親泊興照 85歳生年祝賀公演」にて、親扇会2代目を襲名。以後、親泊久玄を名乗る。
  • 1986年 - 重要無形文化財「組踊」保持者に認定(総合認定)。
  • 2009年 - 重要無形文化財「琉球舞踊」保持者に認定(総合認定)。
  • 2013年 - 名護市にて襲名改名披露式を開催し、2代目親泊興照を襲名。同披露式では、沖縄藝能史研究会会長の當間一郎(とうま いちろう)が、乾杯・祝杯を執り行った。

主な持ち芸

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  • 組踊「大川敵討」乙樽
  • 組踊「執心鐘入」中城若松 宿の女
  • 組踊「銘苅子」天女 銘苅子
  • 組踊「二童敵討」阿麻和利 母
  • 組踊「花売りの縁」乙樽
  • 組踊「女物狂」盗人

著書

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  • 親泊久玄『摩文仁親方 作 組踊 矢倉のひや 上演台本』、1985年

賞典

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脚注

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参考文献

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  • 兒玉絵里子「第421回研究会報告 二代目親泊興照 — 組踊名立方の年譜とその世界 —」『沖縄藝能史研究会会報第421号』、沖縄藝能史研究会、2014年3月15日、pp.1-21 - 琉球舞踊の指導を受けた弟子がまとめた芸歴一覧16頁も所収している。
  • 兒玉絵里子「組踊立方 二代目親泊興照(初代親泊久玄)— 芸と心 —」、『民族藝術』vol.30、民族藝術学会、2014年3月[1] - 二代目親泊興照の芸と人となりについて詳細にまとめられている。著者が行った聞き取り調査に基づいている。 http://www1.odn.ne.jp/daigo-shobo/contents/mg/mg030.html
  • 兒玉絵里子「親泊久玄と組踊」『琉球紅型』、ADP、2012年、pp.242-243 - 解説と聞き書き、舞台写真(カラー)の掲載あり。
  • 野村流音楽協会
  1. ^ 『民族藝術』第三〇号