観音寺 (牛久市)
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観音寺 | |
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所在地 | 茨城県牛久市久野町2976 |
山号 | 威徳山 |
院号 | 福聚院 |
宗派 | 天台宗 |
本尊 | 十一面観音 |
創建年 | 平安時代末期 - 鎌倉時代初期 |
中興年 | 大永5年(1525年) |
文化財 | 木造十一面観音坐像、観音寺本堂・仁王門2棟(以上、茨城県指定文化財)、阿弥陀来迎及び千手観音図(牛久市指定文化財) |
法人番号 | 2050005008957 |
歴史
[編集]平安時代末期 - 鎌倉時代初期に開山された。誰が創建したかは不明である[1]。境内にある碑によれば、縁起は聖武天皇(724年 - 749年)のときに、行基が十一面観世音菩薩の像を彫刻して安置し、観音堂は大同二年(807年)の創建、嘉禄二年(1226年)大破のため修営したとある[2]。
1525年(大永5年)、当地の領主土岐原治頼によって中興された。現在の本堂は、この時に建てられている[1][3]。
1590年(天正18年)の小田原合戦により後北条氏が滅亡すると、土岐原氏も追放の憂き目に遭っている[1]。
関東地方の新領主となった徳川氏により、関東総奉行・内藤清成が赴任、徳川家の威光を知らしめるべく、当寺の修復が行われている[1]。
文化財
[編集]- 木造十一面観音坐像(茨城県指定文化財 昭和60年12月16日指定)[4]
- 観音寺本堂・仁王門2棟(附宮殿1基・須弥壇1基・棟札14枚・銘板1枚)(茨城県指定文化財 平成3年1月25日指定)[5]
- 観音寺本堂(観音堂)
- 観音寺仁王門
- 阿弥陀来迎及び千手観音図(牛久市指定文化財 平成23年10月17日指定)[8]
交通アクセス
[編集]- 牛久駅より車15分。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 茨城県地域史研究会 編『茨城県の歴史散歩(歴史散歩8)』山川出版社、2006年