諫早市立有喜小学校
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諫早市立有喜小学校 | |
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北緯32度47分47.6秒 東経130度4分37.6秒 / 北緯32.796556度 東経130.077111度座標: 北緯32度47分47.6秒 東経130度4分37.6秒 / 北緯32.796556度 東経130.077111度 | |
過去の名称 |
有喜小学校 尋常有喜小学校 有喜尋常小学校 有喜尋常高等小学校 諫早市有喜国民学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 諫早市 |
設立年月日 | 1872年(明治5年) |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B142210000741 |
所在地 | 〒854-0121 |
長崎県諫早市有喜町800番地 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
諫早市立有喜小学校(いさはやしりつ うきしょうがっこう)は、長崎県諫早市有喜町にある公立小学校。
概要
[編集]- 学校教育目標
- 「自ら考え、創造し、心身共に健康な子どもの育成」
- 校章
- 1956年(昭和31年)に制定。校名の「ウ」を上に、「キ」を下に置き、丸みを帯びさせて「小」の文字を囲んでいる。
- 校歌
- 1958年(昭和33年)に制定。作詞は宮崎耿平、作曲は寺崎良平による。歌詞は2番まであり、両番に校名の「有喜」が登場する。
沿革
[編集]- 1872年(明治5年)11月 - 有喜村船津名田中山に「有喜小学校」が創立。
- 1874年(明治7年)2月2日 - 正式に長崎県によって「第五大学区長崎県管下第一中学区の小学校」として認可される[2]。
- 1882年(明治15年)5月 - 船津名高見に移転。
- 1886年(明治19年)9月1日 - 小学校令の施行により、「尋常有喜小学校」に改称。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により有喜村立の小学校となる。
- 1892年(明治25年)2月 - 「有喜尋常小学校」に改称(「尋常」の位置が変更になる)。
- 1902年(明治35年)5月 - 高等科を併設の上「有喜尋常高等小学校」に改称(尋常科4年・高等科4年)。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長される(尋常科6年・高等科2年)。
- 旧高等科1年を尋常科5年、旧高等科2年を尋常科6年、旧高等科3年を高等科1年、旧高等科4年を高等科2年に振り替える。
- 1940年(昭和15年)9月1日 - 諫早市の発足[3]に伴い、諫早市立の小学校となる。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「諫早市有喜国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める(初等科6年・高等科2年)。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
- 1956年(昭和31年)11月 - 校旗を制定。
- 1958年(昭和33年)5月 - 校歌を制定。
- 1959年(昭和34年)10月 - 木造新校舎が完成。
- 1974年(昭和49年)3月 - 体育館が完成。
- 1975年(昭和50年)7月 - プールが完成。
- 1980年(昭和55年)3月 - 鉄筋コンクリート造新校舎が完成。
- 1987年(昭和62年)1月 - カイヅカイブキを学校の木に指定。
- 1989年(平成元年)5月 - 焼窯室が完成。
- 1990年(平成2年)10月 - 諫早市市制50周年を記念してタイムカプセルが埋設される。
- 1993年(平成5年)4月 - ブラスバンドを結成。
- 2000年(平成12年)12月 - コンピュータを設置。
- 2007年(平成19年)9月 - 給食が諫早市西部学校給食センターから配送される方式に変更される。
- 2012年(平成24年)10月 - 体育館の耐震工事を完了。
アクセス
[編集]- 最寄りのバス停
- 長崎県営バス「山本橋」バス停
- 最寄りの幹線道路
周辺
[編集]脚注
[編集]- ^ 諫早市立小・中学校の通学区域に関する規則 - 諫早市ウェブサイト
- ^ 長崎県教育史(上巻)p.552 国立国会図書館近代デジタルライブラリーによる。
- ^ この時1町(諫早)6村(小栗・小野・有喜・真津山・本野・長田)が合併し諫早市が発足した。