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貞子女王(さだこじょおう、1748年(寛延元年) - 1827年(文政10年))は、江戸時代中期の女性。清水徳川家初代当主・徳川重好の正室。院号は貞章院(ていしょういん)。
伏見宮貞建親王の第五王女として生まれる[1]。1763年(宝暦13年)、清水徳川家初代当主の徳川重好の正室となった[2]。
1827年(文政10年)、死去。諡号は貞章院妙観心院[3]。
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