コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

貴島サリオ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

貴島 サリオ(きじま サリオ、本名:井下 さおり1974年2月19日 - )は日本の元シンガーソングライター歌手女優愛知県半田市出身。血液型O型。所属事務所はボックスコーポレーション→トゥーボイス。

夫は、グラフィックデザイナーバジル・フィンドレー

略歴

[編集]

タレント養成所の発表会でスカウトされ芸能界入り。芸名は、当時人気の力士だった貴ノ花藤島部屋から「貴島」、本名をもじって「サリオ」とした。1992年4月、フジテレビ系深夜連続ドラマ『アルファベット2/3』で初主演。その後、TBS系連続ドラマ『キライじゃないぜ』に出演。同年11月6日[1]アルペンCMソング「あきらめないで」でポニーキャニオンから歌手デビュー。11月13日、東京の一口坂スタジオでデビューコンベンションが行われ、デビュー曲など4曲が披露された。[1]羽島亨プロデュースの下、本人自作詞曲であるセブンイレブンCM曲「白とピンクと青い空」や春の高校バレー大会ソング「Together -光の中で-」など、CM曲やテレビドラマ、アニメの主題歌などのタイアップ付きでシングルを発売。その傍ら、女優としても連続ドラマに出演した。

1997年、デビュー時から所属していたボックスコーポレーションおよびポニーキャニオンを離れ、個人事務所トゥーボイスを設立し独立する。これによりSALLY・K(サリーケー)と改名し、ライブ活動を中心に活動。1997年11月、本名の井下さおりに改名し、井上ヨシマサプロデュースの下、エアーズよりアルバム『inside』で再デビュー。ウィスパーボイスを生かしたR&B路線に変更した。その後も定期的にライブ活動を行ったが、1998年の渋谷クロコダイルでのライブを最後に休業。引退宣言もせず、表舞台から姿を消した。

現在は3児の母で、夫と共に英会話の講師をしている。

エピソード

[編集]

芸能人時代仲の良かった芸能人は、『キライじゃないぜ』で共演した元Wink相田翔子

ディスコグラフィー

[編集]

シングル

[編集]

アルバム

[編集]
# 発売日 タイトル 備考
貴島サリオ名義
1 1993年5月21日 SARIO 1
  • オリコン最高位130位
  1. 夢を見ながら
  2. 原則の4レターズ
  3. 白とピンクと青い空(2ndシングル)
  4. あの鳥のように
  5. パジャマ・グルメ
  6. ドリームズ,エターニティ
2 1993年9月1日 SARIO 2
  • オリコン最高位143位
  1. Positiveで行こう!(3rdシングル)
  2. 芸能界でよかった
  3. アングリー
  4. 未来の思い出に
  5. 思いっきり駆けてみて
  6. スロー・ドライヴィン・イン・スターダスト
3 1994年4月21日 SARIO 3
  • オリコン最高位86位
  1. Together光の中で…(5thシングル)
  2. レスキュー・ミー
  3. In Salah‐赤い砂‐(4thシングル/ロック・ヴァージョン)
  4. 忘れさせてあげる
  5. 青春のFU
  6. 永遠だといいね
4 1995年9月21日 SARIO 4
  • オリコン最高位169位。
  1. ドライブスルーラヴァ―
  2. Misty Blue
  3. 私からKiss(7thシングル)
  4. Door
  5. 愛が愛であふれてる
  6. 私達の時代(8thシングル)
井下さおり名義
5 1997年11月21日 inside
  1. サーチ・ヨ・マインド
  2. 時にはあきらめたりしたい
  3. イディオット
  4. フーリッシュ
  5. いちご白書をもう一度
  6. これから
  7. ルート
  8. スパイシリー

主な出演作品

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ a b 『THE スーパーファミコン NO.22』ソフトバンク、1992年11月27日、7頁。