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軽間鳥麻呂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

軽間 鳥麻呂(かるま の とりまろ)は、奈良時代官人大工官位従五位下修理次官

出自

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軽間氏(軽間連)の出自は必ずしも明らかでないが、苅間・軽馬・借馬と同じとすれば物部氏族に属する天孫系氏族と考えられる。『先代旧事本紀』に以下の記載がある[1]

  1. 物部目の子で、宣化朝の人である物部荒山の弟・物部麻作(まさ)を借馬連・笶原連らの祖とする。
  2. 物部木蓮子の子で、武烈朝の人である物部長目(おさめ)を軽馬連らの祖とする。
  3. その弟の物部金(かね)を借馬連、野馬連らの祖とする。

経歴

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称徳朝にて大安寺の造営に造寺大工として参画したらしく、神護景雲元年(767年称徳天皇の大安寺行幸に際して、従五位下に叙せられた。

光仁朝宝亀3年(772年修理次官に任ぜられている。

官歴

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続日本紀』による。

脚注

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  1. ^ 先代旧事本紀』「天孫本紀」

参考文献

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