辻本豊三郎
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辻元 豊三郎(つじもと とよさぶろう、1881年1月13日[1] - 1959年6月30日[2])は、日本の実業家、政治家。衆議院議員(1期)。
経歴
[編集]大阪府出身[2]。堺の足袋商人の「丸福」に入る。のち主の辻元福松の娘婿となり、経営に参画する[3]。福助足袋、福助商事各(株)を設立、社長となる[2]。足袋製造をそれまでの手縫いから機械化に切り替え、大量生産を進め、販路を全国に拡大していった[3]。また、地元において借地借家、商事各調停委員、所得税調査委員、堺商業会議所会頭、堺市教育会長を務めた[2]。
1930年の第17回衆議院議員総選挙において大阪6区から立憲民政党公認で立候補して当選し[4]、衆議院議員を1期務めた。
このほか日本産業協会評議員、岸和田呉服、大平護謨各(株)取締役、阪南建築利用信用購買組合長、堺商工会議所会頭、同顧問、福助足袋(株)相談役を歴任した[2]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。