コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

逆受動態

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

逆受動態(ぎゃくじゅどうたい、antipassive voice)とは、能動態と異なる特別な形式を持つ有標の一つである。能動態の他動詞の主語は逆受動態の主語となり、能動態の他動詞の目的語は逆受動態の斜格語となるか、あるいは表現されない。[1]:146,[2]

受動態と逆受動態

[編集]

受動態は、逆受動態と対称的な構造を持っている。受動態は能動態と異なる有標な態の一つで、能動態の他動詞の目的語は受動態の主語となり、能動態の他動詞の主語は受動態の斜格語となるか、あるいは表現されない。

逆受動態の意味と機能

[編集]

逆受動態の重要な機能の一つは、他動詞の主語を自動詞の主語に変えることである。能格言語では、絶対格項(自動詞の主語と他動詞の目的語)だけが統語プロセスの対象となることがよくある。たとえばチュクチ語では、絶対格項だけが関係節化できる。したがって、他動詞の主語は絶対格項でないので関係節化できない。しかし、逆受動態にすることで他動詞の主語は自動詞の主語となり、絶対格項となるので関係節化が可能になる。

逆受動態と能格性

[編集]

逆受動態が能格言語に特有の現象であるか否かについては見解が分かれている。R・M・W・ディクソン[3]は逆受動態と能格性の関連を主張している。

マリア・ポリンスキー[2]は、194言語の調査から、以下のように逆受動態が格組織のアラインメントタイプにかかわらず見られることを示した。

逆受動態と格組織[2]
対格型 能格型
Acoma, Cahuilla, カネラ=クラオ語Canela-Krahô), チャモロ語, チョクトー語, コマンチ語Comanche), クリー語, カイオワ語Kiowa), コイラボロ・センニ語(Koyraboro Senni; ソンガイ語の一つ), クロンゴ語Krongo), ランゴ語, ラヴカレヴェ語Lavukaleve), ネズパース語Nez Perce), オジブウェー語, パイワン語, Sanuma, トンプソン語Thompson アルチ語, バスク語, ベジタ語Bezhta), カクチケル語, チェチェン語, チュクチ語, ディヤリ語Diyari), ジャル語Djaru), ジルバル語Dyirbal), Embaloh, ゴドベリ語Godoberi), グニヤン語Gooniyandi), ハルコメレム語Halkomelem), フンザフ語Hunzib), ハカルテク語, カバルド語, カパンパンガン語, ハカ語Haka; 別名: Lai), ラク語, マム語, マンガライ語Mangarrayi), Päri, ツェズ語Tsez), ツトゥヒル語, Wardaman, ワロゴ語(Warrongo; 別名: ワルング語 Warrungu), 西部グリーンランド語, イディニ語Yidiny), Yukulta, ユピック語中央方言, ソケ語ZoqueコパイナラCopainalá)方言

名称

[編集]

Antipassive という名称は1968年マイケル・シルバースティーンによって造られた[1][* 1]。これとは別に、1969年にはウィリアム・ヤコブセンが agentive という呼び方で同じ現象についての発表を行なっている[1][* 2]

[編集]

アイヌ語

[編集]

アイヌ語には、目的語不定人称接辞のi=と同源の逆受動態接辞i-がある[5]。アイヌ語は動詞の項の数(アリティー)について厳密な言語で、この接辞は項を一個減らす(埋める)ことができ、即ち他動詞を自動詞に変えることができる。

タン アミㇷ゚ クフライェ。

tan

DEM

amip

着物

ku=huraye

1SG.SUBJ=洗う.VT

tan amip ku=huraye

DEM 着物 1SG.SUBJ=洗う.VT

私はこの着物を洗う。

クイフライェ。

ku=i-huraye

1SG.SUBJ=ANTIP-洗う.VT

ku=i-huraye

1SG.SUBJ=ANTIP-洗う.VT

私は洗濯する。

以上の例文のように、アイヌ語の逆受動態は、形態上接辞を挿入し、統語上動詞の項を埋め、意味上目的語をぼやして「なにかを」を表すという機能がある。そのため、婉曲的に省略することも多く、例えばkuは「飲む」ことであるが、ikuは多くの場合特別に「酒を飲む」ことを指す。

注釈

[編集]
  1. ^ R・M・W・ディクソンハーバード大学で開いていたオーストラリア諸語の講義中に、ジルバル語の接尾辞 -ŋa-y の用法を記述するためにシルバースティーンが考案した[1]
  2. ^ この発表は1985年に出版された[4]

出典

[編集]
  1. ^ a b c d Dixon, R. M. W. 1994. Ergativity. Cambridge: Cambridge University Press.
  2. ^ a b c Polinsky, Maria (2013) "Antipassive Constructions". In: Dryer, Matthew S.; Haspelmath, Martin, eds. The World Atlas of Language Structures Online. Leipzig: Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology. http://wals.info/ 
  3. ^ Dixon, R. M. W. 1979. Ergativity. Language 55. 59–138.
  4. ^ Jacobsen, William H. 1985. The analog of the passive-transformation in ergative type languages. In: Johanna Nichols and Anthony C. Woodbury (eds.) Grammar inside and outside the clause: Some approaches to theory from the field. Cambridge: Cambridge University Press, 176-191.
  5. ^ アンナ・ブガエワ(著)、早稲田大学高等研究所(編)「北海道南部のアイヌ語」『早稲田大学高等研究所紀要』第6巻、2014年3月、33–76頁。