逆流性食道炎
逆流性食道炎(ぎゃくりゅうせいしょくどうえん、英:reflux esophagitis)とは、胃酸や十二指腸液が、食道に逆流することで、食道の粘膜を刺激し粘膜にびらん・炎症を引きおこす疾患名。胃食道逆流症(Gastroesophageal Reflux Disease:GERD)の一つ。現在では、未治療の逆流性食道炎は狭心症よりもQOLを損なう疾患とされており、胃酸関連疾患の中で非常に重要な疾患として位置づけられる[1]。危険な合併症として、食道出血、狭窄、食道癌が挙げられている。
疫学
[編集]1997年の報告[2]では、1323例を対象とした内視鏡検査で、38例(男28、女10)の報告され 2.9% であった[2]。更に、合併症として 9例に消化性潰瘍、11例に裂孔ヘルニアを認めたと報告されている[2]。1995年までは、1〜3% 程度の頻度であったが、1996年以降[3]16.3%と急激に増加している[4][5][6]。増加の原因は、食事の欧米化[6]、ヘリコバクター・ピロリ感染者の減少[6]、肥満者の増加[6]、ストレスによる食道知覚過敏亢進と言った患者側の要因のほかに、医師の関心や診断技術の進歩が挙げられている[5][6]。また、胸やけ症状がありながら内視鏡検査で所見を認めない事例も多いとされ、胸やけありと回答した例のうち 55.3% は内視鏡的に食道炎の所見が認められないとの報告がある[5]。一方、胸焼けの自覚症状がなくとも内視鏡的に食道炎の所見が認められる例が 10.5% 存在した[5]。
発症メカニズムと現状
[編集]胃と食道との接合部には、食道内に胃内容物が逆流することのないよう、下部食道括約筋(LES)などの流防止機構がある。しかし、加齢による下部食道括約筋の働きの低下と食道自体のぜん動運動と唾液の減少[7]、食道裂孔ヘルニアによる逆流防止機構の破壊、一過性LES弛緩、腹圧の上昇による胃内圧の上昇などの要因により、胃食道逆流をきたしやすくなる。
食事・生活様式は胃食道逆流症と深く関わっており、炎症を悪化させる食べ物に高脂肪食をはじめ、アルコール、コーヒー、炭酸飲料、柑橘系ジュース、玉ねぎ、チョコレート、餅、あん、饅頭、香辛料などが挙げられる。脂肪分の多い食べ物は消化に負担がかかることから、コレシストキニンという脂肪の消化に関わるホルモン物質が大量に分泌され、下部食道括約筋を弛緩させ胃液を逆流しやすくする。予防や治療的観点からはこれらの食べ物を避けることも重要である。喫煙もLES圧を低下させ、胃食道逆流症の増悪因子となる。前屈位などの体位や、食後すぐに横になることなどは腹圧の上昇を招き、逆流の原因、増悪因子となる。反対に就寝時の上半身挙上は、胃酸逆流を抑制させるため有効な治療法ともなる[7][1]。
症状
[編集]以下のような症状がある。
- 胸焼け、みぞおちや上胸部痛などが起こる
- 食事中・後、横になったとき、前屈したときに喉や口に胃酸が逆流する
- 胸部違和感、不快感
- 喉の違和感、声のかすれ
- 腹部膨満感
- 嘔吐・多くは過度のおくび(げっぷ)を伴う。
- 流涎
- 食物による食道痛
- 就寝中逆流物の気道への誤嚥による呼吸器症状
要因
[編集]以下のような要因が知られている。
- 鉄分の不足によって起こる口内の火傷。
- 加齢による下部食道括約筋の働きの低下と食道自体のぜん動運動と唾液の減少[7]。
- ストレス・フラストレーション・暴飲暴食・喫煙・飲酒。
- 食道下部括約筋(英: Lower esophageal sphincter): LES の弛緩:喫煙や加齢による機能低下
- 食道裂孔ヘルニア
- 妊娠・肥満・便秘・運動による腹圧の上昇。
- 姿勢の悪さや前屈位などの体位や、食後すぐに横になることなどによる腹圧の上昇[7][1]。
- 胃切除[8]
検査
[編集]- 内視鏡検査[9]
- 食道上皮に発赤やびらん(びらん)・潰瘍、腫瘍がないか検査する。
- 分光画像内視鏡
- 胃・バレット食道・正常食道の粘膜の色調の変化から判別を行う。
- 拡大内視鏡
- 血管走行や腺構造の違いが調べる。
- 食道内pHモニタリング
- 食道への胃酸逆流を評価する。24時間検査し、食道内pHが急速に4以下に低下したときに酸逆流と認める。
診断
[編集]症状から胃酸逆流を疑い、食道内pHモニタリングで確定診断する。内視鏡は重症度分類の助けとする。
グレード | 解説 |
---|---|
Grade N | 内視鏡的に変化を認めないもの |
Grade M | 色調が変化しているもの |
Grade A | 長径が5mmを越えない粘膜障害で粘膜ひだに限局されるもの |
Grade B | 少なくとも1ヵ所の粘膜障害が5mm以上あり、それぞれ別の粘膜ひだ上に存在する粘膜障害が互いに連続していないもの |
Grade C | 少なくとも1ヵ所の粘膜障害が2条以上のひだに連続して広がっているが、全周性でないもの |
Grade D | 全周性の粘膜障害 |
治療
[編集]手術療法の選択順位は低く、薬物療法と生活習慣の改善を並行しすすめる。
- 薬物治療[10]
- 胃酸を抑える内服薬として、
- ヒスタミンH2受容体拮抗薬 (H2ブロッカー)
- プロトンポンプ阻害薬 (PPI)、8週間のプロトンポンプ阻害薬投与で改善しない場合は、「PPI抵抗性胃食道逆流症」[12]
- 生活習慣[10]
-
- 寝る直前に食事を取らない、なるべく胃の中に物が入っていない状態で寝る。
- 身体の左側を下にして寝ると胃袋が食道よりも下になるので逆流が防げる。
- 暴飲暴食を避ける。
- 脂質の多い食事は症状を悪くする。
- 朝の胸やけに対しては、起床時に水などを一杯飲む。
- 肥満や内臓脂肪沈着による腹囲増加は、胃袋にかかる圧力が強く、胃の中に入った食事が食道に戻りやすくなる。
脚注
[編集]- ^ a b c “守口敬仁会病院公式サイト - 逆流性食道炎について”. 2018年8月24日閲覧。
- ^ a b c 鈴木孝、服部和彦、一般演題、食道炎の臨床像 日本消化器病学会雑誌 1977年 74巻 10号 p. 1432-1462 (p.1446), doi:10.11405/nisshoshi1964.74.1432
- ^ 櫻井幸弘 、「逆流性食道炎の時代的変遷」 『胃と腸』 34巻8号 (1999年7月), doi:10.11477/mf.1403102769 (有料閲覧)
- ^ Furukawa, N., Iwakiri, R., Koyama, T. et al., Proportion of reflux esophagitis in 6010 Japanese adults: prospective evaluation by endoscopy., J Gastroenterol (1999) 34: 441., doi:10.1007/s005350050293
- ^ a b c d 大原秀一、神津照雄、河野辰幸 ほか、【原著】全国調査による日本人の胸やけ・逆流性食道炎に関する疫学的検討 日本消化器病学会雑誌 2005年 102巻 8号 p.1010-1024, doi:10.11405/nisshoshi.102.1010
- ^ a b c d e 星野慎太朗、岩切勝彦、逆流性食道炎患者におけるPPI治療のコツ 日本医科大学医学会雑誌 2016年 12巻 4号 p.135-136, doi:10.1272/manms.12.135
- ^ a b c d “ロート製薬公式サイト”. 2018年8月24日閲覧。
- ^ 髙木隆一、大城崇司、鍋倉大樹 ほか、「開腹スリーブ状胃切除後の難治性逆流性食道炎に対して腹腔鏡下修正手術を要した1例」 『日本内視鏡外科学会雑誌』 21巻3号 (2016年5月), doi:10.11477/mf.4426200266, (有料閲覧)
- ^ 食道で増えている病気-逆流性食道炎と食道癌- 日本消化器病学会
- ^ a b c 胃食道逆流症(GERD)(消化器内科) 慶應義塾大学病院 KOMPAS
- ^ 慶應義塾大学病院資料[10]より引用し改変
- ^ 岩切勝彦, 佐野弘仁, 田中由理子, 川見典之, 梅澤まり子, 飯泉匡, ... & 坂本長逸. (2010). 食道 pH・多チャンネルインピーダンスモニタリングによる PPI 抵抗性 NERD 患者の解析. 日本消化器病学会雑誌, 107(4), 538-548.
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 逆流性食道炎 日本消化器病学会