進雄神社 (高崎市)
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進雄神社 | |
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所在地 | 群馬県高崎市柴崎町801 |
主祭神 | 速須佐之男命 |
社格等 | 郷社 |
創建 | 貞観11年(869年) |
歴史[編集]
869年(貞観11年)に創建された。疫病退散のため、清和天皇の命により、尾張国海部郡津島(現・愛知県津島市)の津島牛頭天王社(現・津島神社)から分霊を勧請したものである[1]。
1057年(天喜5年)、前九年の役で出征する源頼義は、当社で戦勝を祈願し、その願いは無事達成された。そういうこともあり、戦国時代では、武田氏・上杉氏・後北条氏ら戦国大名が、当社で戦勝祈願したり社領の安堵をしている[1]。
江戸時代も、江戸幕府第3代将軍徳川家光より、30石の社領を得ている[2]。
明治初期、これまで神仏習合が色濃い牛頭天王を祭神としていたが、神仏分離政策により、速須佐之男命に変更、名称も「天王宮」から「進雄神社」に変更し、現在に至っている[1]。
文化財[編集]
- 高井家文書(高崎市指定重要文化財 昭和46年2月18日指定)[3]
交通アクセス[編集]
- 倉賀野駅より徒歩33分。
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 群馬県高等学校教育研究会歴史部会 編『群馬県の歴史散歩(歴史散歩10)』山川出版社、2005年