那波師曾
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那波 師曾(なわ/なば しそ、1727年(享保12年)- 1789年10月29日(寛政元年9月11日))は、江戸時代中期に活躍した儒学者である。号は魯堂又は鉄硯道人で、字は孝卿。通称は主膳。
経歴・人物
[編集]那波活所の玄孫として、播磨の姫路に生まれる。17歳のころに岡白駒の門人となり、古学を学んだ。22歳の時には聖護院で家塾を開き、生徒たちに古学を伝授した。しかし、宝暦のころに古学を批判したことにより、師から破門され朱子学に転じた。同時期に伊藤仁斎や荻生徂徠が唱えた学説も批判した。
晩年は当時阿波藩主であった蜂須賀治昭に招聘され、藩士たちに儒学を伝授した。後に「四国の正学」と呼ばれ、一躍有名となった。
主な著作物
[編集]主著
[編集]その他の著書
[編集]- 『道統問答』
- 『東遊篇』
脚注
[編集]- ^ 田尻佐 編『贈位諸賢伝 増補版 上』(近藤出版社、1975年)特旨贈位年表 p.36