里井陸郎
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里井 陸郎(さとい ろくろう、1914年12月21日[1] - 1980年4月10日[1])は、日本の歌人。日本文学研究者。
経歴
[編集]1914年(大正3年)大阪府泉佐野市に生まれる[1]。高知高等学校文科乙類を卒業後[1]、京都帝国大学文学部に進学[1]。在学中、吉澤義則が立ち上げた歌誌『ハハキギ』の会員となり、交流を深めた。1938年(昭和13年)京都大学国語国文学専攻を卒業[1]、同年、同志社中学校教諭[1]。1942年(昭和17年)同志社大学予科講師[1]、翌年同予科教授を経て[1]、1948年に同志社大学教授[1]。1975年(昭和50年)に『謡曲百番 観世流名曲選』を著した縁で、1979年(昭和54年)観世流名誉師範を授与される[要出典]。1980年(昭和55年)4月10日、胆嚢癌のため死去[1][2]。
交友関係
[編集]著作
[編集]- 『新註中納言物語』1948年 河原書店
- 『近代文学選』(共著)1952年 同志社大学出版部
- 『日本文学研究入門-謡曲、狂言-』(共著) ミネルヴァ書房
- 『近代文学鑑賞』1954年 雄渾社
- 『近代文学ノート』1959年 雄渾社
- 『謡曲文学』1966年 河原書店
- 『英訳花伝書』(共著)1968年 住谷・篠部出版会
- 『謡曲百番 観世流名曲選 上・中・下』1970年 日本コロンビア
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k 同志社大学国文学会「里井陸郎先生御経歴及び御著述目録」『同志社国文学』第17号、同志社大学国文学会、1981年3月、4-5頁、CRID 1390572174863684608、doi:10.14988/pa.2017.0000004933、ISSN 03898717、2024年1月15日閲覧。
- ^ 里井陸郎『出身県別 現代人物事典 西日本版』p896 サン・データ・システム 1980年
- ^ 田中順二「里井陸郎君の歌」『同志社国文学』第17号、同志社大学国文学会、1981年3月、6-12頁、CRID 1390853649840389760、doi:10.14988/pa.2017.0000004934、ISSN 03898717、2024年1月15日閲覧。