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金剛寺 (青梅市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
金剛寺
所在地 東京都青梅市青梅1032
位置 北緯35度47分21.0秒 東経139度14分57.0秒 / 北緯35.789167度 東経139.249167度 / 35.789167; 139.249167座標: 北緯35度47分21.0秒 東経139度14分57.0秒 / 北緯35.789167度 東経139.249167度 / 35.789167; 139.249167
山号 青梅山
院号 無量寿院
宗派 真言宗豊山派
本尊 不動明王
創建年 承平年間(931年 - 938年
開山 寛空僧正
開基 平将門
中興年 元亨年間(1321年 - 1324年
中興 頼遍上人
文化財 絹本著色如意輪観音像(重要文化財)他
公式サイト 青梅山無量寿院金剛寺-金剛寺は東京都の西にある青梅市の名前の由来にもなった「将門誓いの梅」を擁する真言宗豊山派のお寺です
法人番号 9013105000905 ウィキデータを編集
金剛寺の位置(東京都内)
金剛寺
金剛寺
金剛寺 (東京都)
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金剛寺(こんごうじ)は、東京都青梅市にある真言宗豊山派寺院

歴史

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承平年間(931年 - 938年)、平将門の開基である[1]。平将門が当地に来たとき、の鞭にしていたの枝を地に挿して「我が望み叶うなら根づくべし、その暁には必ず一寺建立奉るべし」と誓いを立てた。すると根付き成長したことから、誓いどおりに寺を創建した。これが当寺の起源である[2]

将門が植えた梅の木に実がなったが、なぜか成熟せず青いままだった。いつしか、この梅の木は「将門誓いの梅」と呼ばれるようになり、の実の逸話から、「青梅」という地名の由来となった。この将門誓いの梅は、本堂前にある。現在は二代目にあたる[2]

元亨年間(1321年 - 1324年)に頼遍上人が中興した[3]

三田氏後北条氏徳川氏江戸幕府)と領主は変われども、手厚く保護されてきた[2]。当寺から真言宗豊山派管長を二人輩出している[3]

文化財

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  • 絹本著色如意輪観音像(重要文化財 大正15年4月19日指定)[4]
  • 金剛寺表門(東京都指定有形文化財 昭和51年7月1日指定)[5]
  • 絹本着色田辺清右衛門惟良画像(東京都指定有形文化財 昭和51年7月1日指定)[6]
  • 絹本着色高野四所明神図(東京都指定有形文化財 昭和51年7月1日指定)[7]
  • 青磁鉢(東京都指定有形文化財 昭和51年7月1日指定)[8]
  • 金剛寺聖教(東京都指定有形文化財 昭和51年7月1日指定)[9]
  • 灌頂文要集(東京都指定有形文化財 昭和51年7月1日指定)[10]
  • 三宝院伝法灌頂聞書(東京都指定有形文化財 昭和51年7月1日指定)[11]
  • Siddham反音私抄(東京都指定有形文化財 昭和51年7月1日指定)[12]
  • 寺領安堵状(青梅市指定有形文化財 昭和39年11月3日指定)[13]
  • 三田氏位牌裏書(青梅市指定有形文化財 昭和39年11月3日指定)[13]

交通アクセス

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脚注

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  1. ^ 多摩川散策マップ 上流編1 国土交通省関東地方整備局
  2. ^ a b c 柴田博、相川浩子 著『武蔵野古寺巡礼(シバ巡礼シリーズ2)』シバ、1994年、153-157p
  3. ^ a b 青梅山無量寿院金剛寺金剛寺
  4. ^ 絹本著色如意輪観音像文化庁
  5. ^ 金剛寺表門東京都
  6. ^ 絹本着色田辺清右衛門惟良画像東京都
  7. ^ 絹本着色高野四所明神図東京都
  8. ^ 青磁鉢東京都
  9. ^ 金剛寺聖教東京都
  10. ^ 灌頂文要集東京都
  11. ^ 三宝院伝法灌頂聞書東京都
  12. ^ Siddham反音私抄東京都
  13. ^ a b 青梅市の文化財青梅市

参考文献

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  • 柴田博、相川浩子 著『武蔵野古寺巡礼(シバ巡礼シリーズ2)』シバ、1994年

外部リンク

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