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金善佑

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金 善佑(キム・ソヌ、朝鮮語: 김선우1915年6月8日[1]陰暦4月26日[2]〉 - 1987年6月1日陰暦5月5日[2]〉)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国実業家陸軍軍人政治家。第3・4代韓国国会議員[1]

本貫光山金氏で、金万増朝鮮語版の直系の子孫である。祐補午山[2]。母は韓山李氏朝鮮語版で、李穡の末裔である[3]。先妻は全州李氏で、李璵の末裔である[2]

経歴

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日本統治時代の忠清北道報恩郡出身。報恩公立普通学校(現・報恩三山初等学校朝鮮語版)卒、防衛訓練学校1期生。中央旅客自動車会社社長、忠清南道警技師、予備役陸軍少尉独促国民会報恩郡副支部長、大同青年団中央執行委員、大韓反共総連盟報恩郡委員、自由党結党発起人・報恩郡党委員長・中央党調査部次長・中央委員などを務めた。国会議員2期務めた後、5・16軍事クーデター以降は自由党の再建に尽力し、その後は新民党に加わった[1][4]

1987年6月1日、持病によりソウル市内の延世大セブランス病院で死去。享年72[5][6]

脚注

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  1. ^ a b c 대한민국헌정회”. www.rokps.or.kr. 2024年11月21日閲覧。
  2. ^ a b c d 光山金氏平章大譜 卷之十二 良簡公后 判軍器監事公派. 光山金氏. p. 687. https://www.yesjokbo.org/onjokbo/index.asp 
  3. ^ 光山金氏平章大譜 卷之九 良簡公后 判軍器監事公派. 光山金氏. p. 303. https://www.yesjokbo.org/onjokbo/index.asp 
  4. ^ 근현대인물자료 < 한국 근대 사료 DB”. db.history.go.kr. 2024年11月21日閲覧。
  5. ^ 前議員(전의원) 金善佑(김선우)씨 별세”. NAVER Newslibrary. 동아일보 (1987年6月1日). 2024年11月20日閲覧。
  6. ^ 3-4代(대)의원金善佑(김선우)씨 별세”. NAVER Newslibrary. 조선일보 (1987年6月2日). 2024年11月20日閲覧。