金東一 (化学者)
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金東一 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 김동일 |
漢字: | 金東一 |
発音: | キム・ドンイル |
金東一(キム・ドンイル、1908年3月9日 - 1998年7月20日)は、大韓民国の応用化学者。号は石泉(석천)。
経歴
[編集]1908年3月9日、平安南道江西郡に生まれる[1][2]。教育熱心な父親の意向で幼い頃から漢文を学び[1][2]、私立鳳儀学校[1]、平壌上儒公立普通学校[2]、平壌公立高等普通学校を経て[1][2]、1926年に旧制佐賀高等学校理科甲類へ入学し、1929年卒業[1][2]。翌年には東京帝国大学へ進み、1933年工学部応用化学科を卒業[1][2]。当時、応用化学科の唯一の朝鮮人卒業生であった[2]。
1年間指導教授のもとで助手を務めたのち、1934年に岩城硝子へ入社[1][2]。同社では1939年まで研究科長を務め、酢酸セルロース関連技術により7つの特許を取得した[2]。その後、鐘淵紡績に引き抜かれたが、1942年にはさらに京城紡織へ転じた[1][2]。
光復後、京城帝国大学教授となり、1946年にはソウル大学校工科大学の初代学長に就任[1][2]。教授不足のため、専門とする繊維工学以外の科目でも教鞭をとった[2]。1952年、朝鮮戦争の勃発によって持ち越されていた理学博士号を取得[1][2]。大韓民国の成立後、最初に理学博士号を授与されたうちの一人である[2]。
その後も韓国化学界の元老として長年に渡って活動し、1998年7月20日に90歳で死去した[1][2]。
脚注
[編集]参考資料
[編集]- 權寧玉 (2001), “김동일(金東一)”, 한국민족문화대백과사전, 한국학중앙연구원(韓国学中央研究院) 2020年12月30日閲覧。
- 전찬미 (n.d.), 김동일(1908~1998), 전북대학교 한국과학문명학연구소(全北大学校韓国科学文明学研究所) 2020年12月30日閲覧。