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金洛姫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
金洛姫
김락희
生年月日 1933年11月11日
出生地 大日本帝国の旗 日本統治下朝鮮平安南道价川郡
没年月日 2013年2月
出身校 人民経済大学
所属政党 朝鮮労働党の旗 朝鮮労働党
称号 金正日勲章

当選回数 7回
在任期間 1957年8月 - 1977年11月
1990年4月 - 1998年7月
2009年3月 - 2013年2月
最高指導者 金日成1948年 - 1994年
金正日(1994年 - 2011年
金正恩(2011年 - )

在任期間 2011年2月 - 2013年2月

朝鮮労働党の旗 朝鮮労働党中央委員会政治局委員候補
在任期間 2010年9月 - 不明

朝鮮民主主義人民共和国の旗 内閣副総理
在任期間 2010年6月 - 2012年

朝鮮労働党の旗 黄海南道党委員会責任書記
在任期間 2005年6月 - 2010年6月

その他の職歴
朝鮮労働党の旗 朝鮮労働党中央委員会委員候補
1980年11月 - 不明)
朝鮮労働党の旗 朝鮮労働党中央委員会委員
1970年11月 - 不明
2010年9月 - 不明)
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金洛姫
各種表記
チョソングル 김락희
漢字 金洛姬
発音 キム・ラクヒ
英語表記: Kim Rak-hui
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金 洛姫(キム・ラクヒ、朝鮮語: 김락희1933年11月11日 - 2013年2月)は、朝鮮民主主義人民共和国女性政治家朝鮮労働党中央委員会政治局委員候補、内閣副総理、黄海南道党委員会責任書記などを歴任した。北朝鮮での農業の専門家として、各地の農村経理委員会委員長を歴任した[1]最高人民会議第2期~5期、9期、12期代議員。

経歴

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1933年日本統治下の平安南道价川郡に生まれた[1][2]。人民経済大学を卒業した[2]1953年に价川郡協同農場管理委員長に就任し[2]1957年最高人民会議第2期代議員に選任された。1965年に价川郡党委員会委員長に就任し[2]1970年11月朝鮮労働党中央委員会委員に選任された[2]1971年慈江道農村経理委員会委員長[2]1977年黄海北道農村経理委員会委員長を歴任し[2]1980年11月に党中央委員会委員候補に選任された[2]1984年開城市農村経理委員会委員長[2]1988年平安南道農村経理委員会委員長を歴任し[2][2]1997年に同委員会顧問に就いた[2]2005年黄海南道党委員会責任書記に就任した[1]2010年6月に開催された最高人民会議第12期第3回会議で内閣副総理に任命され[1][2][2][3]、同年9月28日に開催された朝鮮労働党第3回党代表者会で、朝鮮労働党中央委員会政治局員候補に選任された[2][4]2011年に北朝鮮で口蹄疫が発生した際に国家獣医非常防疫委員会委員長に就き、非常防疫を宣言した[2][5]2012年に内閣副総理を解任されて内閣名誉参事に就き、第一線から退いた[1]

2013年2月に死去。金正恩第一書記より花輪が贈られた[1]

脚注

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  1. ^ a b c d e f 北 김락희 전 부총리 사망…김정은 조화聯合ニュース 2013年2月18日
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 김락희 金洛姬북한지역정보넷
  3. ^ 金平海書記も交替…権力改変の信号か デイリーNK 2010年9月27日
  4. ^ 党代表者会を通じ大々的な人事改変 デイリーNK 2010年9月29日
  5. ^ 통일부 “北 구제역 지원, 검토하고 있지 않다” デイリーNK 2011年2月11日

参考サイト

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북한정보포털

 朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国
先代
金雲基
黄海南道党委員会責任書記
2005年 - 2010年
次代
盧培権