長田暁二
長田 暁二(おさだ ぎょうじ、1930年〈昭和5年〉3月19日[1] - 2024年〈令和6年〉11月4日)は、日本の音楽文化研究家、音楽プロデューサー。ポリドール・レコード学芸部長、徳間音楽工業常務取締役、テイチクエンタテインメント顧問を歴任。
来歴・人物
[編集]岡山県笠岡市生まれ[1][2]。笠岡市の禅寺威徳寺の次男として育つ[3]。1953年、駒澤大学英米文学科卒業。
大学在学中からコロムビアレコードでアルバイトをし、レコード業界に出入り[4]。卒業後、同年キングレコード入社[2]。童謡担当ディレクターを振り出しに22年間ディレクターを務めた。
1968年、芸術祭賞受賞(児童のための音楽入門レコード『チュウちゃんが動物園へいったお話』)に始まり、同奨励賞3回、批評家選賞1回。日本レコード大賞企画賞3回、特別賞4回、童謡賞は「ちいさい秋みつけた」をはじめとして7回。新人賞は「下町の太陽」で倍賞千恵子、作曲賞は「さよならはダンスのあとに」で小川寛興など。1966年度、ADFレコード大賞『イタリア古典歌曲集』、1974年度、フランスのACCディスク大賞(世界で最も権威あるレコード大賞)を「ピアノと鳥とメシアンと」(ピアノ木村かをり・指揮岩城宏之)で受賞。企画制作した担当レコードの受賞多数[5]。
1975年にポリドール・レコードに移り[2]、のち学芸部長。その後徳間音工常務取締役、テイチクエンタテインメント顧問を歴任。1982年フリーになり、10月に音楽制作会社「明治音楽企画」を設立し代表取締役に就任[6]。同月に出家して仏門に帰依した[7]。
童謡、民謡、軍歌、なつメロ、歌謡曲、歌曲、オペラなど活動範囲は幅広く、特に抒情歌に造詣が深い[8]。
著書に「流行歌20世紀」「日本民謡事典」他、著作は約500冊にも上る[9]。他にもCDのライナーノーツ、新聞、雑誌への寄稿、コンサートなどの舞台構成、演出、司会、TV・ラジオの台本、出演、音楽文化講演の講演活動も多い。
2015年6月『戦争が遺した歌 - 歌が明かす戦争の背景』(全音楽譜出版社)を刊行[10]。「歌の視点から戦争と平和を問うた大著」と評される[11]。
同年、JASRAC音楽文化賞を受賞[12][13][14]。
2024年11月4日の夜、神奈川県の病院で死去した。94歳没[15]。
エピソード
[編集]- 3歳の時に汽車にひかれ入院。退院して痛みで泣いてばかりいると、父親がポータブル蓄音機を買ってくれた。一人でも聴けるようにと針の落とし方を何回も練習させられ、一日中それを聴いていた。字が読めない頃、それで自然と音楽に親しむ。
- 学校に行くようになってもうまく歩けずに、周りから杖を取り上げられたりといじめられ友達もできず。変われたきっかけは、音楽の時間に「せいくらべ」を歌った時、先生が「お前は耳が良い」と褒めてくれた。それからは授業で新しい曲を練習するたびに、まず「長田、歌え」と言ってくれて、そのことが自信につながる。
- 大学で英文科に入った理由は仏典の英訳をしたいと思ったから。
- 大学での部活は児童教育部に所属。後にCDアルバム「佛教讃歌集」編集では600人の同窓会員が投票して25曲を選んだ。
- お坊さんになるつもりで得度を2度した。最初は小学3年時、岡山県の永祥寺(那須与一の墓がある)にて。2回目は1982年に徳間ジャパンを辞めた際。修行し直してお寺へ帰ろうと思い、静岡県袋井市の寺院可睡斎で。
- コロムビアレコードのバンドボーイのバイトでは美空ひばりや藤山一郎、霧島昇らのレコーディングの準備や片付けを経験。
著書
[編集]- 日本抒情歌大全集<第1集~第4集>ピアノ伴奏・解説付き(ドレミ楽譜出版社)
- 世界抒情歌全集 <第1集~第3集> ピアノ伴奏・解説付(ドレミ楽譜出版社)
- 日本唱歌名曲集(全音楽譜出版社)
- 日本童謡名曲集 伴奏付 付録・日本童謡発達小史(全音楽譜出版社)
- 流行歌20世紀(全音楽譜出版社)
- わたしのレコード100年史(英知出版)
- 童謡歌手からみた日本童謡史(大月書店)
- 知っているようで知らない音楽おもしろ雑学事典(ヤマハミュージックメディア)
- 四季の歌暦366(ヤマハミュージックメディア)
- 絵でとく日本の歌 見て読む本(ヤマハミュージックメディア)
- 歌に潜む仏教のこころ(国書刊行会)
- 世界の愛唱歌 ハンドブック 1000字でわかる名曲ものがたり(ヤマハミュージックメディア)
- あの歌この歌こぼれ話(全音楽譜出版社)
- 改訂増補平成版日本民謡全集 解説・楽譜付き(千藤幸蔵と共著)
- 見て読む本・絵でとく日本の歌(ヤマハミュージックメディア)
- 日本民謡選集(千藤幸蔵と共著)(ドレミ楽譜出版社)
- 懐かしのうたごえヒット集 歌詞・解説付(自由現代社)
- 歌でつづる20世紀 あの歌が流れていた頃 1901〜2000(ヤマハミュージックメディア)
- サトウハチローのこころ ことばの花束(佼成出版社)
- 日本のうた大全集 詩と解説(自由現代社)
- 心にのこる日本の歌101選(ヤマハミュージックメディア)
- ゼンオン歌謡ギター名曲選 1 簡単に弾けるタブ譜つき(全音楽譜出版社)
- ゼンオン歌謡ギター名曲選 2 簡単に弾けるタブ譜つき(全音楽譜出版社)
- ゼンオン歌謡ギター名曲選 3 簡単に弾けるタブ譜つき(全音楽譜出版社)
- よみがえる歌声喫茶名曲集75曲の歌詞と25曲のカラオケCD付き(英知出版社)
- 日本民謡事典(全音楽譜出版社)
- 歌謡曲おもしろこぼれ話(社会思想社)2002.2
- 詩と解説 日本のうた大全集 (改訂版)(自由現代社)2003.2
- 1冊でわかるポケット教養シリーズ 音楽ものしり事典(ヤマハミュージックメディア)2013.11
- 昭和歌謡 - 流行歌からみえてくる昭和の世相(敬文舎)2017.10
順不同、著作は約500冊。
出演
[編集]- あいうえ歌謡曲 (NHKラジオ第1放送・2003年10月4日~2008年3月28日、全147回)
- 昭和歌謡ショー(NHKラジオ第1放送 2011年~ 不定期出演)
- 上記以外にも、NHKのテレビ、ラジオの音楽番組に多数ゲスト出演、解説を務めている。
- CBCサンデースペシャル・なんだかんだで生放送!! (CBCラジオ・1986年5月25日~1989年12月3日) - メインパーソナリティ[1]。番組内では「歩く歌謡情報誌」という異名をとった。共演は村井秀樹アナウンサー(当時)[1]。
その他
[編集]- 各レコード会社のCD監修、解説、通信販売会社のCD、ビデオ大全集の監修、解説もおこなっている。
受賞
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、116頁。
- ^ a b c 「著者略歴」『私のレコード100年史』英知出版、1978年5月10日、287頁。
- ^ 朝日新聞・夕刊: p. 3. (1994年12月20日) - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
- ^ 仏教企画. “秋彼岸特集 長田暁二さんに聞く”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ 紀伊国屋書店. “自由現代社2003.2著者紹介”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ 産経新聞. “長田暁二さん「戦争が遺した歌」刊行 軍歌や軍国歌謡…時代の背景考察 2015.7.31”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ 紀伊国屋書店. “著者紹介”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ 朝日新聞. “ホームソング、優しく新しく 作曲家・大中恩さんを悼む 音楽文化研究家・長田暁二さん 2018年12月12日”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ 中外日報. “「音楽は世相を反映する」と語る音楽文化研究家 長田暁二さん(89)2020年2月3日”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ 紀伊国屋書店. “著書”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ 全音楽譜出版社. “「戦争が遺した歌」著者の長田暁二氏がJASRAC音楽文化賞受賞”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ 日本音楽著作権協会. “第2回JASRAC音楽文化賞 2015年11月”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ 日本音楽著作権協会. “第2回JASRAC音楽文化賞 2015年11月”. 2020年2月12日閲覧。
- ^ “音楽文化研究家の長田暁二氏らに音楽文化賞”. 日刊スポーツ (2015年11月18日). 2015年11月19日閲覧。
- ^ “長田暁二さん死去 音楽文化研究家、94歳:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web (2024年11月5日). 2024年11月5日閲覧。