長谷川三郎
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長谷川 三郎(はせがわ さぶろう、1906年(明治39年)9月6日 - 1957年(昭和32年)3月11日)は、日本の洋画家。
甲南小学校、甲南中学校、旧制甲南高等学校、東京帝国大学文学部美学美術史学科卒業[1]。数々の抽象絵画の作品を残した現代抽象絵画の先駆者である。
年譜
[編集]- 1906年 - 山口県豊浦郡長府町(現:下関市)に生まれる。
- 1910年 - 兵庫県神戸市に転居。
- 1918年 - 兵庫県芦屋市呉川町に転居。
- 1929年 - 東京帝国大学文学部美学美術史学科卒業。渡米して画家活動を始めた後、新時代洋画展や自由美術家協会を設立。
- 1953年、日本アブストラクト・アート・クラブ設立[2](他のメンバーは、山口正城、山口長男、吉原治良、村井正誠、末松正樹、恩地孝四郎、瀧口修造など)。
- 晩年は拓本、木版、水墨の制作に専念。
- 1957年 - サンフランシスコにて没。
主な展覧会
[編集]- 「イサム・ノグチと長谷川三郎 変わるものと変わらざるもの」(横浜美術館、2019年1月12日 - 3月24日)
脚注
[編集]- ^ “長谷川三郎|甲南高等学校・中学校”. 2023年10月12日閲覧。
- ^ 東京文化財研究所 日本アブストラクトアートクラブ結成
参考文献
[編集]- 『美術と工芸』「デザインの革新」長谷川三郎 3巻3号、1948年3月