門司餓死事件
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門司餓死事件(もじがしじけん)とは、福岡県北九州市門司区で2006年4月から5月にかけて、2ヶ月間で3名の餓死者が出た事件。
一件目は4月21日、市営団地で78歳の母と49歳の長女がともに餓死しており、二件目は5月24日、市営団地で次男からこれ以上の支援を拒否された56歳の男性が餓死していた。後者のケースでは、男性は生活保護の受給申請に2度赴いていたが、北九州市は次男へ頼るよう求めていた[1]。
事件の背景
[編集]NHKの報道によれば、北九州市は昭和前期に鉄鋼業などにより、大量の人口が流入したが、その後エネルギー革命で隣接する筑豊地区にある筑豊炭田の炭鉱が閉鎖されたことにより、大量の貧困者が発生した。このため、生活保護世帯の増加により、北九州市が生活保護費の4分の1を負担するため、市財政が圧迫されることを防ぐため、北九州市保護課では数値目標を決め、生活保護受理件数を抑えていた。
その後の顛末
[編集]この問題は、マスメディアの報道によって全国的に知られることとなり、直後の市長選挙では生活保護行政の改善を訴えた候補者が当選した。2007年8月24日に弁護士や福祉関係者らによって、福岡地方検察庁小倉支部に告発が行われた。被告発人は小倉北区福祉事務所長。告発人は364人4団体(後に追加され合計680人)であった[2]。また2007年10月には「北九州市の生活保護行政を検証する第三者委員会」が北九州市の生活保護行政の抜本的な改善を勧告し、市長もこれを大筋で受け入れる意志を表明した[3]。
脚注
[編集]- ^ しんぶん赤旗「北九州市 餓死の現場」
- ^ 2008年6月に不起訴処分、検察審議会に審査を要求、2009年7月9日に不起訴相当という結果だった。
- ^ 毎日新聞「生活保護行政:北九州市に抜本的な改善求める 検証委」