英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区
間宮 新五郎(まみや しんごろう、? - 延宝5年1月11日(1677年2月12日))は、江戸時代前期の一揆指導者。
武蔵荏原郡新井宿村の百姓代[1]。
延宝2年(1674年)9月年貢の減免を訴えた訴状(新五郎筆)を領主の木原氏に提出、強訴の廉で処刑された大森六人衆のひとり[1][2]。
6人を祀った墓が同地の善慶寺にある(新井宿義民六人衆墓)。