阿田和町
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あたわちょう 阿田和町 | |
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廃止日 | 1958年9月1日 |
廃止理由 |
新設合併 阿田和町、神志山村、市木尾呂志村 → 御浜町 |
現在の自治体 | 御浜町 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 東海地方、近畿地方 |
都道府県 | 三重県 |
郡 | 南牟婁郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 15.58 km2 |
総人口 |
4,666人 (国勢調査、1955年) |
隣接自治体 | 紀宝町、市木尾呂志村 |
阿田和町役場 | |
所在地 | 三重県南牟婁郡阿田和町大字阿田和 |
座標 | 北緯33度48分13秒 東経136度02分35秒 / 北緯33.8036度 東経136.0431度座標: 北緯33度48分13秒 東経136度02分35秒 / 北緯33.8036度 東経136.0431度 |
ウィキプロジェクト |
阿田和町(あたわちょう)は三重県南牟婁郡にあった町。現在の御浜町の南端にあたる。本項では町制前の名称である阿田和村(あたわむら)についても述べる。
地理
[編集]- 海洋:熊野灘
- 山岳:丸山
- 河川:尾呂志川
歴史
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、阿田和村・柿原村・引作村の区域をもって阿田和村が発足[1]。旧3村は大字となる[1]。村制施行時の人口は、528戸2,770人[1]。
- 1933年(昭和8年)10月1日 - 阿田和村が町制施行して阿田和町となる[1]。町制施行時の人口は、724世帯3,258人[1]。
- 1958年(昭和33年)9月1日 - 神志山村・市木尾呂志村と合併して御浜町が発足[1]。同日阿田和町廃止[1]。3つの大字は御浜町に継承[1]。
地域
[編集]教育
[編集]- 阿田和町立阿田和小学校
- 阿田和町立阿田和中学校
産業
[編集]町制施行(1933年=昭和8年)時の職業別戸数は、農業302戸、商業152戸、工業47戸、公務員・自由業47戸、水産業29戸、交通業5、無職48戸、その他94戸であった[1]。
1875年(明治8年)頃より捕鯨を開始し、1883年(明治16年)には捕鯨会社が設立されたものの[1]、大正時代末期に不漁となったため廃業した[2]。
交通
[編集]鉄道路線
[編集]道路
[編集]名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編 編『角川日本地名大辞典 24三重県』角川書店、1983年6月8日、1643頁。全国書誌番号:83035644
- 『三重県の地名』平凡社〈日本歴史地名大系24〉、1983年5月20日、1081頁。全国書誌番号:83037367