阿部莎鶏
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時代 | 江戸時代 |
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生誕 | 享保9年(1724年) |
死没 | 安永6年12月9日(1778年1月7日) |
別名 | 金之助、八之丞(通称)、莎鶏(号) |
戒名 | 日満 |
幕府 | 江戸幕府 小姓組番士 |
主君 | 徳川吉宗→徳川家重→徳川家治 |
氏族 | 阿部氏 |
父母 | 父:阿部正矩、母:末高政峯娘 |
兄弟 | 阿部正寛、女子(森政張妻)、杉貞泰、女子(近藤政香妻)、養女(永田直恒妻)、養女(豊島教泰妻) |
妻 | 片桐友晴娘 |
子 | 娘(阿部正章妻)、養子:阿部正章 |
阿部 莎鶏(あべ しゃけい)は江戸時代中期の俳人、浮世絵師、旗本。本名は阿部正寛(まさひろ)。通称は八之丞、金之助。水光洞と号す。
略歴
[編集]享保9年(1724年)に1000石取の旗本に生まれる。宝暦3年(1753年)9月3日に父の遺跡を継ぎ、宝暦4年(1754年)4月5日に西の丸小姓組番士となる。宝暦11年(1761年)8月3日に本丸勤めとなり、宝暦12年(1762年)12月15日に西の丸勤めに戻った[1]。
絵暦交換会の頭取として大久保巨川と競って、小松屋百亀の絵暦制作に関与していた。明和2年(1765年)の絵磨に「莎鶏工」とあり、その下に水光洞の印のある作品がみられる。
安永6年(1777年)12月9日に没す。享年54。
作品
[編集]- 「見立伊勢物語」 中判 ライデン国立民族学博物館所蔵
- 「滝前の女と二少女」 グラブホーン・コレクション