雲光院 (江東区)
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雲光院 | |
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所在地 | 東京都江東区三好2-17-14 |
位置 | 北緯35度40分50.1秒 東経139度48分12.3秒 / 北緯35.680583度 東経139.803417度座標: 北緯35度40分50.1秒 東経139度48分12.3秒 / 北緯35.680583度 東経139.803417度 |
山号 | 龍徳山 |
院号 | 雲光院 |
宗派 | 浄土宗 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
創建年 | 慶長16年(1611年) |
開山 | 還蓮社往誉潮呑和尚 |
開基 | 阿茶局 |
文化財 | 石造宝篋印塔 寛永14年在銘(江東区有形文化財)、木造阿弥陀如来立像(江東区有形文化財)、木造阿弥陀如来坐像(江東区有形文化財) |
公式サイト | 浄土宗龍徳山雲光院(公式ホームページ) |
法人番号 | 5010605000166 |
概要
[編集]1611年(慶長16年)、徳川家康の側室阿茶局(戒名:雲光院殿従一位尼公正誉周栄大姉)の開基である[1]。
元々は、現在の日本橋馬喰町にあったが、火事等で度々移転を繰り返し、1683年(天和3年)に現在地に移転した[2]。
「東照神君家康公の側室」ゆかりの寺院ということもあり、幕府の保護を受け、多くの塔頭を擁する大寺院であった[1]。
明治時代になり、幕府の庇護を失ったため、傘下の塔頭寺院も分離独立したり、当院に吸収合併したりした[1]。
墓所
[編集]- 阿茶局(開基、徳川家康の側室)
- 中坊秀祐(旗本、奈良奉行、筒井氏旧臣)
- 後藤三右衛門(商人、金座御金改役)
- 庄司甚右衛門(吉原遊郭の開設者)
- 初代竹本越路大夫(浄瑠璃大夫)
- 三代目野澤吉兵衛(浄瑠璃大夫、初代竹本越路大夫の子)
交通アクセス
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 細田隆善 著『江東区史跡散歩 (東京史跡ガイド8)』学生社、1992年