飯田橋事件
最高裁判所判例 | |
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事件名 | 兇器準備集合、公務執行妨害 |
事件番号 | 昭和49(あ)1200 |
1977年(昭和52年)5月6日 | |
判例集 | 刑集第31巻3号544頁 |
裁判要旨 | |
一 角材の柄付きプラカード等を所持して集団示威運動を行つていた学生集団の先頭部分の学生のうち、所携の右プラカード等を振り上げて警察官をめがけて殴りかかつている状況を相互に目撃し得る場所に近接して位置し、しかもみずから警察官に対し暴行に及んだ者あるいは暴行に及ぼうとしていた者についてまで、右行為は各自の個人的な意思発動による偶発的行為であるとして、兇器準備集合罪にいう共同加害目的の存在を否定した原判決は、判示の事情のもとにおいては、事実を誤認した疑いがあり、破棄を免れない。 二 昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例四条は、同条にいう所要の措置が違反行為の態様、公共の秩序に対する侵害の程度等に応じて必要な限度を超えてはならないことを規定したものであつて、無許可の集団示威運動に対し、これを直ちに実力で阻止し解散させなければならないほど明白かつ切迫した事態にない限り阻止することも許されないとする趣旨ではない。 | |
第二小法廷 | |
裁判長 | 岡原昌男 |
陪席裁判官 | 大塚喜一郎、吉田豊、本林讓、栗本一夫 |
意見 | |
多数意見 | 全会一致 |
反対意見 | なし |
参照法条 | |
刑法95条1項,刑法208条ノ2第1項,刑訴法411条3号,集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和25年東京都条例44号)4条 |
飯田橋事件(いいだばしじけん)とは1968年1月に発生した事件[1]。プラカードが凶器準備集合罪における凶器に該当するか否かが争点となった。
概要
[編集]1968年1月19日に佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争に参加するために、同年1月15日朝に中核派の学生約200人が4センチメートル角、長さ1.2メートルのプラカード、佐世保までの乗車券を持って、東京・飯田橋の法政大学の門を出て約500メートル離れた国電・飯田橋駅方向に進む途中に規制線を張っていた警視庁機動隊と衝突し、131人が現行犯逮捕された[2]。検察は阻止線の手前でプラカードで警察官に殴りかかることを決意した段階で凶器準備集合罪が、学生が警察官に殴りかかったときに公務執行妨害罪が成立するとして、6人を起訴した[2]。この警察の対応については、学生らを佐世保へ向かわせないようにした事実上の予防検束的運用と指摘された(起訴されなかった学生はエンタープライズが佐世保から出港した1月23日以降に釈放された)。
凶器準備集合罪が学生のデモに対して適用された初めての事件であった[3]。この事件ではプラカードが凶器準備集合罪における凶器にあたるとして起訴されたが、1958年に凶器準備集合罪が制定された際の国会での政府当選では「(凶器準備集合罪は)暴力団等の取り締まりが対象で、政党活動や政治集会を対象としたものではない」「(旗ざおやプラカードは)凶器ではない」との見解を示していた[3]。これについて、検察は「国会答弁時に政府が想定したものよりも大きく、使い方では凶器になる」と用法上の凶器であると主張した[3]。
1971年3月19日に東京地裁は「警察の警備に違法性はなく、本件のプラカードは用法上の凶器」として凶器準備集合罪の成立を認め、6人に懲役4年執行猶予1年の有罪判決を言い渡した[2]。
被告は控訴し、1974年3月29日に東京高裁は「警察の警備は集団全員を逮捕する意図に出た疑いがある」「学生の暴行は機動隊に誘発された偶発的行為」として凶器準備集合罪の成立を否定し、2人に無罪、4人に暴行罪で5000円の罰金刑を言い渡した[4]。
検察は上告し、1977年5月6日に最高裁は「デモ隊の先頭部分にいた学生らが警察官に対し、プラカードなどを振り上げて加害行為に出た時点以後においては、少なくとも直接暴行に及んだものらには共同加害の意思があったと認められる。この点等を否定した二審判決は事実誤認の疑いがある。」としてプラカードを「用法上の凶器」として認定した上で二審判決を破棄し、東京高裁に差し戻した[5]。
その後、差し戻し高裁で6人に懲役4月執行猶予1年が言い渡され、1981年6月20日に最高裁で上告が棄却され、6人の有罪判決が確定した[6]。
脚注
[編集]- ^ 成瀬幸典, 安田拓人 & 島田聡一郎 (2012), p. 40.
- ^ a b c 「プラカードも使い方で凶器 飯田橋事件で東京地裁判断 全員に有罪判決 “予防検束論”を否定」『朝日新聞』朝日新聞社、1971年3月19日。
- ^ a b c 田中二郎, 佐藤功 & 野村二郎 (1980), p. 420.
- ^ 「プラカード、「凶器」と認めず 飯田橋事件 東京高裁で逆転判決 警備陣が騒ぎ誘発 集合罪無罪 学生に加害目的なし」『朝日新聞』朝日新聞社、1971年3月19日。
- ^ 「高裁判決を破棄 「学生に共同加害の意思」 飯田橋事件で最高裁」『朝日新聞』朝日新聞社、1977年5月5日。
- ^ 「13年前の飯田橋事件 全員の有罪確定 上告棄却」『朝日新聞』朝日新聞社、1981年6月21日。
参考文献
[編集]- 田中二郎、佐藤功、野村二郎『戦後政治裁判史録4』第一法規、1980年。ASIN 4474121147。ISBN 9784474121140。
- 成瀬幸典、安田拓人、島田聡一郎 編『刑法II 各論』信山社〈判例プラクティス〉、2012年3月15日。ASIN 4797226323。ISBN 978-4-7972-2632-4。 NCID BB00959923。OCLC 783123290。国立国会図書館書誌ID:023465206。