髻山城
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髻山城 (長野県) | |
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髻山城の石垣 | |
城郭構造 | 山城 |
天守構造 | 不明 |
築城主 | 上杉謙信 |
指定文化財 | なし |
髻山城(もとどりやまじょう)または髻城(もとどりじょう)は、長野県長野市と上水内郡飯綱町の境にあった日本の城。
概要
[編集]上杉謙信が、川中島の戦いに備えて築いたとされる。北国街道沿いにあり、川中島と春日山城の中間にある交通の要所であった。
主郭部には石垣が残り、謙信が掘った井戸、「観音清水」が残る。
所在地と地形
[編集]髻城には、大城(おおじょう)と小城(こじょう)があった。一般的には大城のことを髻城といっている。本丸の頂上と南斜面は長野市大字若槻西条字髻、北斜面は飯綱町大字平出字泥ノ木と字一杯清水・清水久保にまたがっており、小城全体は長野市大字西条字髻の地籍であった。
大城は三登山(923.0m)山系の東端にある髻山(744.5m)に立地した山城であり、小城は大城の東南麓約350mの位置に突起した小円頂丘火山(650m)に立地していた。
大城は南と東斜面が急峻でことに東斜面は断崖絶壁をなしており、自然の要害であった。小城は南斜面だけがやや急峻で大城ほど険しくはない。大城の東麓、小城との間に竪穴式古墳が発見され、鉄鏃などが出土した。
参考文献
[編集]- 牟礼村誌・学校誌編纂委員会『牟礼村誌』上巻、297-298頁(所在地と地形)。
- 信濃史学会編 『信州の山城 信濃史学会研究叢書3』 1993年