鳥栖越山
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とす えつざん 鳥栖 越山 | |
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生誕 |
1824年4月6日 熊本藩 |
死没 |
1934年3月28日(109歳没) 日本 |
死因 | 老衰 |
墓地 | 東京都北区 |
記念碑 | 茨城県笠間市 |
住居 | 東京都北区 |
国籍 | 日本 |
教育 | 高等教育 |
出身校 | 幕府医学館、旃檀林(武蔵国駿河台、現在の駒込吉祥寺内の学寮)、慶應義塾 |
職業 | 僧 |
活動期間 | 1854年〜1934年 |
著名な実績 |
高齢者写真名鑑 - – 古書, 1925/1/1 大日本敬老会 (編集) |
配偶者 | 妻 |
非婚配偶者 | なし |
子供 | 娘 |
親 | 鳥栖太左衛門 |
親戚 | 鳥栖氏 |
鳥栖 越山(とす えつざん、1824年4月6日 - 1934年3月28日)は、日本の長寿の男性。職業は僧侶。
概略
[編集]文政7年(1824年)旧暦3月7日、熊本藩士鳥栖太左衛門の次男として生まれる。江戸幕府医学館、旃檀林(武蔵国駿河台、現在の駒込吉祥寺内の学寮)、慶應義塾に学ぶ。駒澤大学仏教学部講師を歴任。
和泉の長泉寺、常陸の鳳台院、数箇寺の住職を経て、大正10年(1921年)より東京府滝野川町西ヶ原の昌林寺の住職であった[1][信頼性要検証][2]。
陸軍中将であった長岡外史と親しくしており、長岡の勧めによって、108歳を迎えた昭和7年(1932年)に飛行機に搭乗したという[2]。
昭和9年(1934年)3月、満110歳の誕生日を目前にして死去。生年月日が正しければ、当時世界最高齢だった可能性がある[注 1]。
石川武美は鳥栖に刺激され、毎朝暗いうちから庭掃除をすることをはじめたという[3]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ ギネス世界記録より公式に認められた当時の世界最高齢者は、イギリスのEliza Roff(1824年7月10日生まれ)であり、鳥栖の方が約3か月早く生まれている。
出典
[編集]- ^ https://mairi.me/-/1150885
- ^ a b 高田義一郎『百歳突破作戦』霞ケ関書房、1942年、25頁。NDLJP:1071935/15
- ^ (株)主婦の友社『主婦の友社の五十年』(1967.02)、渋沢社史データベース - 2023年6月26日閲覧。