鷹島神崎遺跡
所在地 | 長崎県松浦市鷹島町 |
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座標 | 北緯33度25分37秒 東経129度46分20秒 / 北緯33.42694度 東経129.77222度座標: 北緯33度25分37秒 東経129度46分20秒 / 北緯33.42694度 東経129.77222度 |
種類 | 水中遺跡 |
歴史 | |
時代 | 中世 |
管理者 | 松浦市 |
文化財指定 | 国史跡(2012年指定) |
鷹島神崎遺跡(たかしまこうざきいせき)は、日本の長崎県松浦市鷹島東岸(神崎免[1][2])沖にある水中遺跡[3]。2012年3月27日に、水中遺跡として初めて国の史跡に指定された[1][4]。広さは38万4000平方メートル[3]。
概要
[編集]鷹島は北松浦半島と東松浦半島に狭まれた伊万里湾口にある島で、島およびその周辺部は元寇の古戦場として知られる。1274年(文永11年)の文永の役において主戦場となり、1281年(弘安4年)の弘安の役では沖合に展開していたモンゴル帝国(大元ウルス)・高麗連合軍の艦隊が暴風雨により甚大な被害を被ったことで知られる[5]。
この海域では漁師が壺、刀剣、碇石などを引き揚げることが多く[1]、1980年(昭和55年)以降考古学的調査が行われるようになった。調査の主体は文部省や文化庁、鷹島町教育委員会で、目的は水中考古学における調査法の研究開発や港湾改修事業のための緊急調査などである[6]。また、1981年(昭和56年)7月には遺跡発見届が提出され、周辺海域(鷹島南岸の東端「鵜ノ鼻」から西端「雷岬」までの7.5km、汀線より沖合200m)が埋蔵文化財包蔵地として周知された[5]。
遺跡からは武具や陶磁器のほか、長さおよそ12メートルの竜骨など艦船の部材も見つかっており[1]、2011年10月24日、琉球大学教授・池田栄史の研究チームが、伊万里湾の鷹島沖海底に沈んでいる沈没船を元寇時の元軍船(南宋で建造)と判定したと発表した。2011年11月16日に参議院に提出された「長崎県松浦市鷹島沖で発見された元寇船の文化財指定及び保存の在り方に関する質問主意書」[7]に対して、政府は同11月25日の答弁書において文化庁において文化財指定に向けた準備を進める見解を示し[8]、文化審議会が元寇当時の「軍事・外交などを理解する上で極めて重要な遺跡」と評価し[3]、2012年(平成24年)3月27日に水中遺跡として初めて国の史跡に指定された[4]。
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てつはう
東京国立博物館展示。
脚注
[編集]- ^ a b c d 日本初の海底遺跡 鷹島神崎遺跡(松浦市).
- ^ 日本初の海底遺跡 鷹島神崎遺跡(まつうら観光物産協会).
- ^ a b c 論説 水中遺跡の史跡指定 調査、保存、活用の弾みに.
- ^ a b 9月(172回)講演要旨・質疑応答.
- ^ a b 鷹島海底遺跡の既往の調査, §平成3年度までの調査 1.鷹島海底遺跡の概要.
- ^ 鷹島海底遺跡の既往の調査, §鷹島海底遺跡の既往の調査、平成3年度までの調査 2.鷹島海底遺跡の考古学的調査、平成3年度以降の調査.
- ^ 第179回国会 質問主意書 質問第二六号
- ^ 参議院議員秋野公造君提出長崎県松浦市鷹島沖で発見された元寇船の文化財指定及び保存の在り方に関する質問に対する答弁書
参考文献
[編集]- “鷹島海底遺跡の既往の調査”. アジア水中考古学研究所. 2020年4月1日閲覧。
- “9月(172回)講演要旨・質疑応答”. 地域文化学会. 2020年4月1日閲覧。
- “論説 水中遺跡の史跡指定 調査、保存、活用の弾みに”. 佐賀新聞ニュース. 佐賀新聞 (2012年3月17日). 2013年9月29日閲覧。
- “長崎・松浦の鷹島神崎遺跡:船底は二重構造 鎌倉時代の元寇沈没船調査”. 毎日jp. 毎日新聞社 (2012年10月10日). 2013年9月29日閲覧。
- “日本初の海底遺跡 鷹島神崎遺跡”. 鷹島海底遺跡. 松浦市. 2020年4月1日閲覧。
- “日本初の海底遺跡 鷹島神崎遺跡”. 松恋 -まつうら観光物産協会-. 一般社団法人 まつうら観光物産協会. 2013年9月29日閲覧。
- 長崎県教育委員会『鷹島海底遺跡Ⅲ』 2巻、長崎県鷹島町教育委員会〈鷹島町文化財調査報告書〉、1996年3月。doi:10.24484/sitereports.62575 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県鷹島町教育委員会『鷹島海底遺跡Ⅳ』 3巻、長崎県鷹島町教育委員会〈鷹島町文化財調査報告書〉、2001年3月。doi:10.24484/sitereports.62576 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県鷹島町教育委員会『鷹島海底遺跡Ⅴ』 4巻、長崎県鷹島町教育委員会〈鷹島町文化財調査報告書〉、2001年3月。doi:10.24484/sitereports.62577 。2020年4月1日閲覧。
- 九州・沖縄水中考古学協会; 長崎県鷹島町教育委員会『鷹島海底遺跡Ⅵ』 5巻、長崎県鷹島町教育委員会〈鷹島町文化財調査報告書〉、2002年3月。doi:10.24484/sitereports.54569 。2020年4月1日閲覧。
- 九州・沖縄水中考古学協会; 長崎県鷹島町教育委員会『鷹島海底遺跡Ⅶ』 6巻、長崎県鷹島町教育委員会〈鷹島町文化財調査報告書〉、2002年3月。doi:10.24484/sitereports.54570 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県鷹島町教育委員会『鷹島海底遺跡Ⅷ』 7巻、長崎県鷹島町教育委員会〈鷹島町文化財調査報告書〉、2002年3月。doi:10.24484/sitereports.62578 。2020年4月1日閲覧。
- 九州・沖縄水中考古学協会; 長崎県鷹島町教育委員会『鷹島海底遺跡Ⅸ』 8巻、長崎県鷹島町教育委員会〈鷹島町文化財調査報告書〉、2003年3月。doi:10.24484/sitereports.62579 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県鷹島町教育委員会; 九州・沖縄水中考古学協会『鷹島海底遺跡Ⅹ』 9巻、長崎県鷹島町教育委員会〈鷹島町文化財調査報告書〉、2004年3月。doi:10.24484/sitereports.46402 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県鷹島町教育委員会『鷹島海底遺跡XI』 10巻、長崎県鷹島町教育委員会〈鷹島町文化財調査報告書〉、2005年3月。doi:10.24484/sitereports.46403 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県松浦市教育委員会『松浦市内遺跡確認調査(1)』 1巻、長崎県松浦市教育委員会〈松浦市文化財調査報告書〉、2007年3月。doi:10.24484/sitereports.62586 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県松浦市教育委員会『松浦市鷹島海底遺跡』 2巻、長崎県松浦市教育委員会〈松浦市文化財調査報告書〉、2008年3月。doi:10.24484/sitereports.46559 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県松浦市教育委員会『松浦市鷹島海底遺跡 総集編』 4巻、長崎県松浦市教育委員会〈松浦市文化財調査報告書〉、2011年9月。doi:10.24484/sitereports.62589 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県松浦市教育委員会『国指定史跡 鷹島神崎遺跡保存管理計画書』長崎県松浦市教育委員会、2014年3月。doi:10.24484/sitereports.62603 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県松浦市教育委員会『松浦市鷹島海底遺跡』 7巻、長崎県松浦市教育委員会〈松浦市文化財調査報告書〉、2016年3月。doi:10.24484/sitereports.46695 。2020年4月1日閲覧。
- 長崎県埋蔵文化財センター『鷹島海底遺跡』 25巻、長崎県教育委員会〈長崎県埋蔵文化財センター調査報告書〉、2018年3月。doi:10.24484/sitereports.21714。 NCID BB25910367 。2020年4月1日閲覧。