ハイダイナミックレンジイメージ
ハイダイナミックレンジイメージ(英語: High Dynamic Range Image、ハイダイナミックレンジ画像)は、高い輝度幅(ハイダイナミックレンジ、HDR)を持つ画像のことである。デジタル画像用語。頭文字からHDRIやHDR画像とも言う。
解説
[編集]ハイダイナミックレンジ(HDR)画像は輝度幅が広く、実際の明るさを表現することが可能であるため、照明シミュレーションや3次元コンピュータグラフィックス(3DCG)、コンピュータゲームなどに使われている。
HDR画像で使われるHalf Float(FP16)や各色12ビットのPQカーブ(SMPTE ST 2084)は、ディザリング処理が無くてもカラーバンディングが見えないようになっている[1]。
歴史
[編集]非ハイダイナミックレンジ(スタンダードダイナミックレンジ、SDR)の画像形式は、ブラウン管(CRT)のディスプレイで表示する際に十分な明暗や色のデータを持つよう設計されてきた。そのため、画像の色空間はsRGB色空間(ガンマ約2.2、黒色点輝度1cd/m2[2]、白色点輝度80cd/m2[2])やRec. 709色空間(ガンマ2.4[3]、白色点輝度100cd/m2[3])となっていた。1998年、Adobeはよりダイナミックレンジの広いAdobe RGB色空間(ガンマ約2.2[4]、黒色点輝度0.5557cd/m2[4]、白色点輝度160cd/m2[4])をPhotoshopに搭載し、その色空間は印刷業界で標準的に使われるようになった。なお、トーンマッピングや露光融合などによりハイダイナミックレンジデータをSDR画像形式へと詰め込むことも行われている。
一方、建築可視化や3DCGにおいては、現実の照明をコンピューター上で再現するために、現実世界の明暗(闇夜から太陽光まで)の記録が必要となった。そのため、照明シミュレーションソフトウェア「Radiance」において、独自ハイダイナミックレンジ画像であるRadiance HDR形式(*.hdr)が作られた。Radiance HDR形式は浮動小数点数を元にしているものの、その指数を赤(R)/緑(G)/青(B)の三色で共有している(RGBE方式)ため、精度の問題が存在した[5]。一方、TIFF形式は32bit浮動小数点数画像に対応していたものの、サイズが大きいという欠点があった。インダストリアル・ライト&マジック(ILM)社は新たに16bit浮動小数点数画像(Half Float)へと対応するOpenEXR形式を開発し、1999年にそれをオープンソースとして公開した。その後、Adobeは同社のTIFF実装を拡張して、OpenEXRと同等のHalf Float画像へと対応させた[6]。浮動小数点数を元にしたHDR画像形式はリニアガンマ(ガンマ1.0)が基本となっている。
ゲームにおいてもHDRのレンダーパイプラインが使われるようになり、テクスチャマッピングに向けてHDRテクスチャ圧縮方式のBC6H(Direct3D 11以降)[7] / BPTC FLOAT(OpenGL 4.2以降[注釈 1][8])[9]が登場した。ファイル形式は一般的なテクスチャと同じDDS形式やKTX形式となる。
また、フィルムのデジタル加工(デジタル・インターミディエイト)のために、フィルムの特性に合うLogガンマを用いた画像形式が登場した。CineonシステムのためにCineon形式(.cin)が作られ、それが標準化されてDigital Picture Exchange(DPX)形式となった。これらは一般的なSDR画像より輝度幅が広いものの、一般的なHDR画像より輝度幅が狭いため、ミディアムダイナミックレンジ(MDR)形式と呼ばれている[10][11]。また、Logガンマをハイダイナミックレンジに適用させた形式として、Logluv TIFFが登場した。Logガンマの掛かった画像は基本的に、加工の前にルックアップテーブル(LUT)などでリニアガンマ(ガンマ1.0)へと戻す必要がある。
2010年代になると民生用のHDRディスプレイが登場し、スマートフォンにもHDRディスプレイが搭載されるようになり、HEIF形式[12](*.heif/*.heic)やAVIF形式[13](*.avif)、JPEG XL形式(*.jxl)などのHDRへと対応する一般的な画像形式が登場した。これらは知覚に基づくPQカーブ(SMPTE ST 2084)などを用いており、加工向けではなく表示向けとなっている。
主なHDR画像形式
[編集]- Radiance HDR形式(*.hdr)
- 1985年にグレゴリー・ワード(Gregory Ward)により作成された、照明のシミュレーションソフトであるRadianceのレンダリングエンジンで使用された画像形式。ファイル形式としてはRGB毎に各8ビットの仮数部とし、これに8ビットの指数部(E)を加えた32ビットの浮動小数点数表現(RGBE)を画素として保持しており、これを連長圧縮で圧縮している。OpenEXRが登場するまでの間によく使用されており、現在でも多くのソフトウェアパッケージでサポートされているものの、精度が低下するためOpenEXR形式の方が望ましい[5]。
- OpenEXR(*.exr)
- インダストリアル・ライト&マジック社が開発したHDR画像形式。1999年に開発され2003年にオープン標準として公開された。TIFFが標準でRGB各色32ビットの浮動小数点数表現のみだったのに対し、OpenEXRはRGB各色16ビットの浮動小数点数表現(Half Float)の形式もサポートしており、圧縮方式も連長圧縮、gzipの他、pizの3種類をサポートしている。また、2.2で非可逆圧縮形式のDWAにも対応した。
- JPEG XT
- JPEG画像の拡張仕様の一つであり、HDR浮動小数点画像に対応している[14]。複数のプロファイルがある。
また、TIFF形式にも浮動小数点数のHDR画像データを入れることが可能となっている(通称「Floating Point TIFF」)。対応するかはソフトウェアにより異なる。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ OpenGL 4.2より前においても実装が対応していればARB_texture_compression_bptc拡張経由で使うことができる。
出典
[編集]- ^ HDR Rendering on NVIDIA GPUs P.14-19 NVIDIA 2017年
- ^ a b sRGB インターナショナル・カラー・コンソーシアム
- ^ a b BT.709 インターナショナル・カラー・コンソーシアム
- ^ a b c Adobe RGB(1998) インターナショナル・カラー・コンソーシアム
- ^ a b 『The HDRI Handbook 2.0: High Dynamic Range Imaging for Photographers and CG Artists』 P.73 Christian Bloch 2013年1月14日 ISBN 978-1-937538-16-3
- ^ Adobe Photoshop TIFF Technical Note 3 P.2 2005年4月8日
- ^ Texture Block Compression in Direct3D 11 Microsoft
- ^ BPTC Texture Compression Comes To Nouveau After Intel's Work Phoronix 2014年7月23日
- ^ ARB_texture_compression_bptc クロノス・グループ
- ^ 『The HDRI Handbook 2.0: High Dynamic Range Imaging for Photographers and CG Artists』 Christian Bloch 2013年 ISBN 978-1-937538-16-3
- ^ 『High Dynamic Range Imaging, Second Edition: Acquisition, Display, and Image-Based Lighting』 P.104-105 Erik Reinhard、Wolfgang Heidrich、Paul Debevec、 Sumanta Pattanaik、Greg Ward、Karol Myszkowski 2010年 ISBN 978-0-12-374914-7
- ^ Apple and iOS 11 could revolutionize smartphone photography with a next-generation image file format PhoneArena 2017年9月19日
- ^ AV1 Image File Format(AVIF)v1.0.0 Alliance for Open Media 2019年
- ^ Overview of JPEG XT Joint Photographic Experts Group